小話集

ラブレター

 ラブレターを貰った。と誰かが言い出したとしたら、大抵は何かの皮肉かジョークか話の種として周りも拾うものだが、それを言い出したのが二代目だとすれば部屋が静まり返るのも無理はない。誰から?と極々普通の質問すら出てくるのに数秒の間が必要だった。
「さあな、飲み屋のおやじ経由で渡された」
 表情ひとつ変えずに答える二代目を見て三人はようやくジョークでもなんでもない事実であると認識し、それぞれ働き出す。
「やるなあ。あんたもまだまだいけるぜ」
「物好きだな」
「で、なんて書いてた?」
 四代目と初代と三代目が発言し終えたところで、二代目がやや渋い顔をして答えた。
「…俺に対する幻想が」
 ああ…と全員が何かを察した顔をする。
「二代目って傍から見れば物静かで優雅な美形だからなー」
「いや俺達に比べたら十分物静かだろ?」
「しかし今時ラブレターってのもなかなか見ねえな」
 そう言う初代に二代目は意味ありげに目を細めた。
「好きなのに憎まれ口叩くのに比べたら、手紙なんて可愛いものじゃないか」
「おお、すげー皮肉だ」
「言われたなあ初代」
 やんややんやと囃し立てる外野に初代は睨みを利かせるが、それをよそに突然に話の方向を曲げたのは当の二代目だった。
「で、お前達はどうなんだ?」
「…へ?」
 目をしばたたかせる三人をぐるりと見回し、不敵な表情を浮かべて続ける。
「手紙なら正直に書けるか?」
 三代目と四代目、二人の表情がぎくりと強張り、珍しく初代だけが蚊帳の外でぽかんとしていた。

 二代目によるとこうだ。ここ最近、二代目にちょっとした不幸が立て続けに起きたのだが犯人が名乗り出ない。この家には四人しか住んでいないし最近の空気から察するに大体の目星はついている。つまり、怒らないから正直に言いなさい、ということらしい。
 かくして二代目の元に新たに三通の「ラブレター」が届けられた。

『大事な酒を勝手に飲んですみませんでした』

 差出人の名は四代目。顔を上げて見遣れば犯人は神妙な面持ちで頭を下げている。仕事後の楽しみとしてとっておいたビンテージのウィスキーを飲み干された二代目は仕方なく小さな溜息ひとつで済ませ、次に三代目からの手紙を開いた。

『コートに穴を空けてすみませんでした』

 やはり三代目も同じように直立不動で頭を下げている。実際は穴を空けるどころではなく布切れ状態になっていたのだが、おそらく半分以上は彼の兄の襲撃によるものと思われるので、二代目もあまり責めはしなかった。
 そして最後に初代からの手紙を開けた。

『特になし』

「…お前が一番ひどい」
「なんでだよ?!何もしてねえんだから当たり前だろ!」
「ひどいなー初代は」
「ほんとひどい奴だな初代」
「自分らの悪事ごまかそうとしてんじゃねえよ」
「いやいや、無関心ってのが一番残酷だからな」
「そうそう。二代目かわいそー」
「何言ってんだよ。俺とこいつの間には隠し事なんかねえの。だろ?」
 同意を求めるも、当の二代目は首を傾げている。
「ああ?おい、あんた俺に隠し事でもあるのかよ」
 机を叩かん勢いで詰め寄る初代に二代目はにやりと笑いかけてみせた。
「さあ…人前ではちょっとな。今夜二人でゆっくり話し合うか?」
 ただならぬ気配の放出を感じて後ずさった初代はぶんぶんと首を振り、目を泳がせながらぎこちない悪態をついてこの場を離れていく。そしてそんな初代を二代目は満足げに見守っている。こんな短い時間のやりとりでこの様子じゃ、なるほど確かにこの二人に関しては手紙など必要なさそうではある、と三代目と四代目は納得したのだった。

公私混同

 キィン、と鋭い金属音が夕陽に染まるスラムに響き渡る。不安定な態勢で放たれた初代の銃弾は、二代目の剣に弾かれて事務所の外壁に穴を空けていた。
「…惜しかったな」
 そう言うと、いくらか安堵したように小さく息を吐いて二代目は剣を下ろし、それを合図に初代も張り詰めていた空気を解く。本当に当たらないよう狙いをずらしていたとはいえ、不意をついたはずの銃弾を完全に防がれた初代の表情はむしろ清々しい。
「やっぱあんたとやると面白いな」
 そのへんの悪魔じゃこうはいかない、と初代は口の端を吊り上げた。あらゆる手が防がれ、あるいはかわされ、僅かな隙でも縫ってくる反撃をかわしながら次の手を考える。それは獣じみた低級悪魔相手では到底味わうことのできない高揚感に満ち、初代にとって自分より数段上の二代目は師とするに十分だった。
「でもまだまだ、お楽しみはこれからだろ?」
 乾いた唇を湿らせて不敵な笑みを浮かべる初代の一挙一動を二代目はつぶさに追う。ここ最近は仕事がなくて欲求不満だと彼が言い出したことから始まった一勝負だが、狩りを楽しむハンターそのものの初代の鋭い視線は二代目を挑発してやまず、そんな彼の強い眼差しが二代目は好きだった。それは小さな情欲すら覚えるほど二代目の内を煽り立てる。
 銃を構える初代とは対照的に二代目は携えていた剣を背に戻し、ゆっくりと歩き出した。一体何を仕掛けてくるかと初代は油断なくそれを見ていたが、そうこうするうちに二代目は銃口の数センチ正面まで近づく。
「…?」
 訝しげに眉根を寄せる初代の身体を抱き寄せるように二代目は一気に距離を詰めた。僅かに驚愕の色を浮かべた青い目は、しかしすぐに細められる。
「なんの真似だ。手が滑っちまうぜ?」
 初代の銃は二代目の胸に押し付けられたままだったが、二代目は構わず鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけた。
「胸に穴が開くくらいなら安いものだ」
「は?何が…」
 続けようとした言葉は二代目によって塞がれる。喋りかけだったせいで半開きの口は易々と彼の侵入を許し、ぬるりと舌を搦め捕られる感触で我に返った初代は思いきり二代目の胸を押した。
「っ…!馬鹿野郎、真面目にやれ!」
 いきなり何やってんだと叱り付けるが、当の二代目は素知らぬ顔で初代から距離を取ると余裕の笑みを浮かべ、さっきまで銃口が押し付けられていた自身の胸をとんとんと指して言う。
「簡単に撃ち抜くチャンスだったのに、お前は真面目にやったのか?」
 二代目の揶揄に初代の眉がぴくりと動いた。たとえ屁理屈だろうと弄ばれるようなことをされて黙っているわけがなく、むしろ文字通り火がつく。重い金属音とともに初代は両腕にイフリートを宿すと、再び闘志を燃え上がらせた。
「ハ!舐めた真似してくれるじゃねえか。いいぜ、ちょうど接近戦を鍛えようと思ってたところだったんだ。その色ボケを叩き直してやるよ」
「奇遇だな。俺はちょうど接近戦をかい潜る練習がしたかった」
 ああ言えばこう言う二代目もその目はしっかりと標的を捕らえている。実のところ二代目のこのような挑発的な言動が知らず知らず初代の実力を上げる結果になっているのだが、それはあくまで二人の遊びの副産物だった。
 油断なく一定の距離をとりながら交わる視線が火花を散らす。そして二人がゆっくりと身構えた次の瞬間に、初代の足は地を蹴っていた。

シャッフル!

 外はバケツをひっくり返したような雨が降り、轟々と風も吹いていてまるでハリケーンでも来ているのではないかというほどの大荒れだった。さすがのダンテたちもこんな嵐の中を好んで出かける気にもならず、今夜ばかりは電話が鳴らないようにと願いながら家で大人しく過ごしていた。机の前に鎮座する二代目は雑誌をめくり、四代目は銃をいじり、初代と三代目はビリヤードをつついている。窓や屋根を打つ激しい雨風以外は静かな夜だ。
 その時、バチン、という音と共にあたりは一瞬で暗闇に包まれた。
「お」
「お?」
「停電か」
 口々に言ってあたりを見回し…ているのだろうが、一切の光が消えたため様子は窺い知れない。すぐに復旧するかと思いきや、暫く待っても暗闇のままだった。
「……」
「……」
「……」
「……んひぃ!?なんだ今の!」
「っぶ、なんつう声出してんだよ」
「四代目かこのやろう!」
ゴン!
「いてっ」
「いてっ」
「なんだこれ」
「コラ、ウロウロすんなよ」
「はは!」
「…初代はどこだ」
「ん、俺?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「これか」
「いやん」
「ちっ」
「そんな嫌そうに舌打ちしなくても…」
「なんで全員気配消してんだよ」
「お前もだろぉ」
「どっから声出してんだ」
バタン!
「うおっ!?」
「はっは、ひっかかったな」
「あぶねえな!」
ドターン!
「んぶ!」
「ちょ…!」
「密集しすぎだろ!」
「いってえな誰だよ」
「ん?」
「おい今何か…」
「誰か俺にチューしなかったか?」
「おええ」
「…なんだと」
「何か一瞬見えたぞ」
「ぐわ!」
「ぎゃ!」
「うお!?」
「捕まえたぞ」
「馬鹿、何して…!」
「お?」
「お」
 パチパチ、と数度明滅した光はやがて元通りに煌々と部屋を照らす。そこに広がる光景はあちこちの家具がズレた場所にあり、なぜか床に寝転がっている四代目と、なぜか片方しか靴を履いていない三代目と、今にもソファに倒れ込みそうになっている初代とそれを押し倒さんばかりに抱き支えている二代目がそれぞれを確認した。
「なんだ、もう終わりか」
 地面から暢気な声を出して四代目が立ち上がり、三代目も靴を履く。初代もなかなか解かれない二代目の腕から抜け出そうともがくが、そのせいでバランスを崩した二代目ごとソファに倒れこんだ。
「初代って最後は大体そうなるよな」
 感心すら窺わせる三代目の客観的意見に初代は二代目の下から「うるせえ」と短く、心なしか諦めを込めて呟いた。

くだらないこと

 目が覚めた時に初めてその存在に気がついた。一体いつ帰ってきて俺のベッドに潜り込んできやがったのか、高そうなコートを身に纏ったままのダンテがすやすやと眠っている。人が寝てるのをいいことに許可無く俺の領域に侵入してきたこいつもこいつだが、気付かずに眠りこけていた自分が情けない。いいや、きっと気付いて起きたものの脳は殆ど停止していたから記憶に残っていないだけなんだろう、そうに違いない。
 そんなくだらない言い訳を起きぬけの頭で回転させながら、俺はまじまじとダンテの顔を見る。ここへ来て出会った当初は不思議でしょうがなかったこの顔も今ではすっかり見慣れて、当然そうあるべきものという意識すらなくなってしまった。見慣れれば見慣れるほど、彼はこんな顔だ、と説明することができなくなる感覚。もはや彼は彼そのものでしかない。
 深く眠り込んでいるらしいダンテの微かな寝息が聞こえる。眉間についた皺の癖も今は浅い。頬や唇は俺より少し薄いだろうか。
 一回り歳を重ねたこいつは、内面や雰囲気はともかくとして、おそらく年相応の顔に見えた。若さに留まっているわけでも、老け込んでいるわけでもない。少なくとも外見は普通の人間と同じように歳をとっている。こうして改めてひとつひとつのパーツを見ていくと確かに俺とそっくりで「俺の十数年後」の姿であるように見えるが、それなのに鏡を見ているように思えないのは、やはり彼は俺ではないからなのだろう。クローンはたとえ同じ遺伝子でも、元の人物と環境や経験において寸分違わぬ人生を歩まぬ限りコピーたりえないという。きっと俺とこいつも、もちろん他の二人も、少しずつ違う道を歩んできている。同じ骨格でも肉付きが違うというわけだ。
 だからといって恋愛感情を抱くかとなると、俺たちが特別イカれちまってるって自覚はちゃんと持ってる。そんなものはとっくに承知の上だ。それでもこいつの存在に俺は救われる。もしかしたらあまりに特殊で心理学なんかから見たら恋愛感情ではないのかもしれないが、愛しいと感じ、一緒にいたいと思い、彼も同じ気持ちでいるから、今こうしている。
 なんだか無性に、あの綺麗な空のような双眸の青を見たくなった。こいつが意識を眠らせている時じゃなきゃこんなふうに思う存分まじまじと顔を見ることなんてできないのに、俺の好きな青色も眠ってしまっている。起きたらきっと俺はまともに見つめ返せず、それどころか自らかわしてしまうだろう。くだらない性格だと思うがそれが俺だ。
 なるべく動きを与えないよう注意しながら少しだけ彼のほうへにじり寄ってみる。触れたら起きてしまうだろうから、己のくだらない性格が平穏を保っているにはこれが精一杯…と思ったけど、俺は目を閉じ寝たふりをしてぴったりと寄り添った。俺は今『眠っている』。無意識でやったことなんか知ったこっちゃない。
 心地良いぬくもりがじわじわと俺を浸食し始めた頃、そいつの腕が俺を包み込んだのを触覚でもって感じる。『眠っている』俺にその表情は見えないが、きっと彼も目を閉じて『眠っている』に違いないと、同じではないが似た性格をもつ者として俺は確信していた。

お前と俺は

 おそらく俺より重いであろう彼の体躯を背負ったまま、寝室への階段を一つずつ上っていく。平気平気と口では素面のようにはっきりと言いながらその足は今にも道端に倒れ込みそうなほど泥酔した彼を、ようやくここへ連れ帰った頃には既に朝が近かった。こんなになるまで付き合ってしまった俺も俺だが、と自省しつつ軟体動物のように力の抜けたダンテをベッドに下ろす。
「待て、まだ寝るな」
 そのまま身体を丸めようとする彼を再び起こしてブーツを脱がせ、コートをなんとか脱がせ、ベストも脱がせてやる。そしてグローブを引っ張り抜いてやったと思うと、その腕がするりと俺の首に回ってきた。
「…なんだか、母さんみたいだな」
 まるで甘えるかのように縋り付いて、んふふ、となぜか満足げに笑っている。残念ながら、せっかく恋人に抱き着かれてもそんな台詞と酔っ払いでは流石の俺もどうこうする気にはならない。確かに親のような心境と言われると今はそうなのかもしれない、が。
「こんな酔っ払いの子供はいないがな」
 抱き着かれたままの状態で一応返すと、ダンテはまた楽しそうに笑った。
「だよなあ。あんたは俺の…」
 …俺の?
 その言葉の続きを待つが、彼はしばし沈黙する。
「…」
「…」
「…なんだっけ?」
 とぼけた声が耳元で聞こえ、俺はわざと大きく溜息をついた。
「からかっているのか?」
「んー、わからねえや。飲み過ぎちまった」
 ダンテはそう言うと背中からどさりと倒れ込み、もぞもぞとベッドに潜り込んでいく。酔っ払っている時くらい甘い言葉の一つや二つかけてくれてもいいんだぞと皮肉ってやろうかと思ったが、こういう時の彼の言葉こそ素直そのものであることを思い出し、気を取り直して俺は彼が寝入る前にその隣へ入り込んだ。
 こいつにとって、俺はどういう存在なのか。答えに興味はあるがきっと彼自身でも選べないくらい沢山のカードがあって、それはむしろ喜ぶべきことなのかもしれない。
「…俺は、お前だ」
 彼に替わって一つだけ答えてやると、ダンテは目を閉じたまま微笑んだ。
「ああ…そう…だったな。あんたは…」
 途切れ途切れの声はやがてすうっと消えていく。
「だから好きなだけ迷惑かけてもいいぞ」
 俺にはそれが嬉しいんだ。
 既に眠りに落ちているダンテの寝顔をしばらく眺めてから、おやすみ、と目を閉じる。心地いい彼の体温と微かな寝息は、ほどなくして俺を暖かなまどろみへと導いてくれた。