秘めた想い
※まだ二人がくっついていない頃の話。
今日はなかなか気分がいい。合い言葉付きの仕事が入って赴いた先には、数で物を言うだけの小物が湧いていた。でも気分がいいのはそいつらのせいじゃなく、横にいる頼もしい相棒の存在だ。どうせ暇だからとたまたま家にいた二人で来たのだが、俺より数段上の実力を持つ彼との共闘は、普段の退屈な雑魚狩りとは違い、お互い相手の援護をアテにしてわざと大袈裟に立ち回ったり試してみたりコンビプレイを仕掛けてみたり、刺激的で面白い遊びができる。向こうは面倒に思ってる可能性がないこともないが、無口なコイツからは今のところ文句はつけられていない。
「終わった、な」
俺はアラストルを背に戻しながら骸一つ残っていない周囲を見回し、「ああ」と短い返事をする彼をちらりと見た。いつもながらの涼しい顔で佇んでいるこいつとは、家でもよく一緒にいる。別にそうしたくてしてるわけじゃない。他の奴らが家を空けるから必然的に俺たち二人が残るってだけで、それにいわば「家族」として生活してるんだからずっと二人きりでいようと何てことない。じゃなきゃおかしいんだ。
そんなことを考えていたら不意に目があって、盗み見してたことがバレたかと思いきやそうではなかった。
「飯でも食って帰るか」
そう言って、きっとこいつも久しぶりに暴れられて清々したのだろう、ふと表情を和らげる。寡黙な彼がこんな顔もするのかと気付いたのはごく最近だ。俺は努めて自然に目を逸らして言う。
「あー…いや、家でゆっくり食いてえな」
「そうか」
…しまった、思ったことをそのまま口にしちまったが不自然だっただろうか。でも、あんたと二人だけで飲みたいからとかそういうわけじゃなくてと言い繕うのも却っておかしいだろうし、俺は喉まで出かかった言い訳を堪えた。そんなヘマをしたら俺はあの家にいられなくなる。こいつはもう一人の俺なんだ、家族なんだ、それ以外ないと言い聞かせなきゃいけないのは誰より自分自身だった。
「なら、帰ろう」
俺の葛藤など露も知らない彼は上機嫌らしく微笑む。しかしそれも一瞬のことで、すぐに踵を返して歩き始めたその背中を俺も数歩遅れて追いかけた。
ひゅう、と風が吹く。そうするともやもやした思考も洗い流される気がして俺は安堵する。これでいい。あとに残るのは、楽しく一仕事した満足感だ。
「途中で酒買っていこうぜ。家にある分じゃ足りないだろ?」
「そうだな」
いつもの軽い調子で会話をしながら俺たちは並んで帰路につく。
ただ彼が独り言のように、風が強いな、と呟いたのを俺は聞こえないふりをした。
**********
階段を降りていくとそこには三人の同居人のうち一人しかいなかった。遠く離れた地へ出張しているあいつではなく、いつもどこを遊び歩いているのか若いエネルギーが有り余るあいつでもない、年齢で言えばその真ん中、俺より一回り年下の、どちらかといえば俺と生活サイクルが似た奴だ。大体は家で暇を持て余し、定位置のソファで今のように寝転がっていることが多い。
その側のテーブルには、昨晩共に飲み食いした残骸が散らばっていた。たまたま入った合い言葉付きの仕事を気まぐれに二人で赴き景気よく片付けたあとだったから、いつも以上に酒が進み、結果を見るに我ながら年甲斐もなくはしゃぎすぎた気がする。気分が良かった理由は一仕事できたことだけではないのだが…いや、今はそんなことはいい。
こういう掃除は得意じゃないが、さすがにこれはどうにかしなければと仕方なく空き瓶空き缶の山を片付け始めた。一方すぐ横で寝転がっている共犯者は全くの無反応で、目を閉じたまま微動だにしない。
「…寝てるのか」
独り言のように小さく尋ねてみるが返事はない。よそ見した俺の手が空き缶に当たり高い音を立てて倒れたが、彼は五月蠅そうに身動ぎをしたかと思えばソファの中で身体を丸くする。どうやら本当に眠っているらしい。確かに昨晩は長いこと飲んでいたから寝不足なのだろう、かく言う俺もそうだ。こいつと飲む酒は美味くてつい飲み過ぎてしまった。
手を止め、すやすやと寝息を立てる彼の顔を覗き込む。そんな俺の気配にも気付くことなく、全く無防備な姿だ。
触れてしまおうか。
長い銀髪が無造作に散る頬へ静かに手を伸ばし…しかしその想像をしたところで我に返り、思わず苦笑した。触れてどうすると言うのだ。そんな行為に一体何の意味がある。否、彼に触れたいと思う意味などとっくに分かっていた。だからこそ俺の心の中だけに秘めておかなければならないのだ。そうすれば俺はこのまま「家族」としてこいつの側にいられる。それ以上を望んだら壊れてしまう。だから、これでいい。
何も知らない穏やかな寝顔に目を細め、俺は近くに脱ぎ捨てられていた彼のコートを拾ってそっと上にかけてやった。これくらいなら許されるだろう。
また酒を買い足さなくてはならんな。
心の中で独りごち、どこか切ない気持ちはきっと財布の寒さのせいだと言い聞かせながら、俺は静かにテーブルの上を元通りに片付けた。