二代目とは何か?

 闇に紛れる黒い影が、人ならざる動きで周囲を跳び回る。しかしバージルはそれすら上回る速さで悪魔の前へ出るとすれ違いざまに刀を抜いて両断し、更に何本もの幻影剣が最早命を絶たれたそれに突き刺さった。
「相変わらず容赦ねえなあ」
 手を叩きながら背後から現れた声に動じることなくバージルは刀を鞘に収める。先程からずっと、全く気配を消そうともせずに傍観していたその存在にはバージルも気づいていた。正直なところ、だからこそ敢えてあのような大仰な倒し方をしたところもある。
「何の用だ」
 現れた赤いコートの男に向かってバージルは静かに言った。彼より一回り年上のダンテはひょいと肩を竦めてみせる。
「この辺に迷惑なゴミが出るって依頼があったんだが…ダブルブッキングだったか」
「知らん。俺は通りがかっただけだ」
「なんだ、そうか。でもまあ片付けたのはバージルだからあとで報酬貰っとけよ」
 そう言って初代はポケットから小さなメモを取り出して寄越そうとしたが、バージルはそれを一瞥しただけであっさりと言い捨てた。
「いらん」
「遠慮するなって。なら、かわりに何か奢ってやるよ」
「それもいらん。貴様の好みに付き合ってられん」
「はー、ったくクールだねえ。そんなに無愛想だと顔の筋肉が固まってどっかの二代目みたいになるぜ?」
 皮肉めいた笑みを向ける初代の顔をバージルはまじまじと見る。この初代や真ん中のダンテは自身のよく知る弟の「ダンテ」の面影があり、どんなに歳を追い越されていても弟は弟、それも馬鹿な弟という扱いを躊躇わないバージルだが、親子ほど歳の離れてしまった一番上――つまり二代目と呼ばれるダンテについてはよく分からないというのが正直なところだった。それほど彼だけは全く違う雰囲気を持っている。
「…奴は、何故ああいうふうになったんだ」
 唐突とも言えるバージルの問いに初代は一瞬ぽかんとしたが、すぐに大きな笑い声を響かせた。
「何がおかしい」
「はっは!どうしてあんなことになったかって?そりゃ俺も気になるな、今度直接聞いてみてくれよ。あいつの困惑した顔が見られるぜ」
 正直それはバージルも見てみたい気がしないでもない。初代はひとしきり笑って続ける。
「ま、ひょっとしたら魔界で何か変なもん拾って食っちまったのかもな」
「やはり魔界か…」
 えっ、と初代が目を丸くしてバージルを見た。まさか本気にするとは思わなかったがバージルは何やら真面目な顔をして考え込んでいる様子で、初代は恐る恐る尋ねる。
「…ひょっとしてバージル、アレになりたいのか?」
「誰が貴様らみたいな煩わしい顔になりたいか」
「お…おいおい兄さん、双子の弟に言う台詞かそれは」
 だいたい煩わしい顔ってなんだよと初代が口を尖らせている。三代目も機嫌を損ねるとよく見せるその表情はバージルにとってお馴染みのダンテの顔だった。それはともかくバージルは顔がどうこうではなく二代目のあの強さを狙っているのだが、やはり力を得るには魔界に行かねばならないかと不穏なことを考えている横で何やら初代が突然ハッと息を呑む。
 今度はなんだとバージルがそちらを見れば初代は戦慄くように言葉を絞り出した。
「まさかあいつ…実はバージル…!」
「…は…?」
 確かにダンテほど口数も多くないしテンションも高くないバージルと似ていないこともない気もする。が、バージルは心底嫌そうに、殺気すら漂わせて初代を睨んだ。
「気色悪いことを言うな。あれが俺なら貴様とどうこうなるわけないだろう。冗談にもならん」
「……」
 突っ込みにくいところを突かれた初代が沈黙する。それを見てバージルは少しばかり良い気分になった。どうやら二代目との仲をつつくと多少なりとも初代の動きを止められるという実弟の話は本当らしい。とは言え三十歳の弟と四十二歳の弟の色恋事情など深く知りたくないし関わりたくもないので、狩りも終わったことだしバージルはくるりと踵を返した。
 が、すぐに初代が引き留める。
「あ、待てよバージル。そういえばあいつに言われてたんだ」
「何?」
「今度バージルに会ったら家に連れてこいってさ。あいつはあいつなりに心配してんだよ、アンタのこと」
「…断る」
「つれねえな。まあ俺は力ずくで連れて行ってやってもいいけど」
 初代の周りの空気、正確には彼の魔力が僅かに張り詰めるのが分かった。当然実力ではバージルは初代に敵わない。弟たちが自分より力を持っているこの世界はつくづく質が悪いとバージルは運命を呪いたくなる気分だが、だからといってこの挑発に乗ってまんまとねじ伏せられるなど無様な姿を晒すことは己のプライドが到底許すものではないので、仕方なく彼に従うことにした。
 あからさまに面倒臭そうな顔をしつつもついていく素振りを見せるバージルに向かって、初代はよしよしと満足そうに頷く。
「あいつだけじゃなくちょうど家にみんな揃ってるし、喜ぶぜ」
「……」
 その言葉を聞いてバージルはより一層気が重くなった。