ダンテたちの夏休み

August 1

 真夏の暑さが少しばかり和らいだ日の午後だった。今日も今日とてバージルと喧嘩という名の殺し合いをしてきた三代目が帰宅すると、そこには珍しく四代目が大きな身体をソファに投げ出し、
「やっぱり我が家はいいもんだなー」
 などとのんびり言いながら寛いでいた。いつもそこで同じ格好をしている初代は今は二代目のいる机の上に移動している。三代目は身につけていた剣を放り投げ、ぼすっ、と向かいのソファに腰を沈めた。
「四代目がいるなんて珍しいな」
「おう。夏休み帰省ってところだ」
 無駄にさわやかなウインクを寄越す髭面の中年を若者はシッシと手であしらい、そんな二人の横からは初代の皮肉めいた笑い声が投げられる。
「夏休みって言ったって俺たちにとっちゃ毎日そんなもんじゃねえか」
「いやー口が悪いだけじゃなく口うるさい挙げ句に手まで早い坊やがいないだけで我が家は天国だね。まったく誰かに似て…おっと」
 しまった、というように四代目は自らの口を塞いだ。却って不自然なその行動を若い方の二人はきょとんとして見ていたが、初代が言葉を発しかけたその時、がたんと椅子を引く音とともに一人の男が立ち上がる。
 普段は置物のように静かに穏やかに鎮座している彼の唐突な動きは三人の視線を集めるに充分だった。全員の注目が一斉に向けられる中、二代目がいつもと変わらぬ顔で口を開く。
「…久しぶりに四人揃ったことだし、メシでも食いに行くか。俺の奢りだ」
 一家の長たる男の言葉に…というよりは「奢る」の一言に三人のダンテたちはすぐさま行こう行こうと立ち上がった。
 張り切って前を行く若者たちの後ろで四代目が二代目に小さくウインクを送る。が、やはりシッシと返されたのだった。

August 2

 その日は一人の喚声から始まった。
「夏と言えば海!」
 照りつける太陽、青い空、白い砂浜に打ち寄せる波。それらを前に高らかに宣言した三代目は、いの一番に砂を蹴って飛び出していった。
「若者は元気だねえ」
 プシュ、と小気味良い音を立てて早速缶ビールを開けているのは四代目だ。とりあえずは水着が眩しいベイビーちゃんたちを眺めながら飲むべしとかなんとか言っているその前では初代が心なしかそわそわしている。三代目ほど全開にはしないものの実は結構海が好きな彼はさりげなく準備運動を済ませ、
「…よし、一泳ぎしてくるか」
 と努めて冷静に歩き出していったがその後ろ姿は明らかに浮き足立っていた。
 そういえばあいつ泳ぎ得意だったなと四代目は微笑ましく見送りつつ、斜め後ろに座る男に「一緒に行かなくていいのか?」と振り返る。
 しかしそこにいる二代目はどこか不満そうな顔をしていた。
「…なんでブーメランパンツじゃないんだ」
 小さくなっていく初代の背中を眺めたままぽつりと呟く。どうやら彼の目には海が映っていないらしい。
 無駄に際どい水着でも困るんじゃないのかとか家ではいくらでもブーメラン一丁で歩いているじゃないかとか思ったが、広げて楽しい話題でもないので四代目は何も言わずそっと二代目に缶ビールを差し出した。
 昼も過ぎた頃にはすっかり女の子たちと馴染んでビーチバレーのスターとなっていた三代目が四代目を呼びに来て、二代目もなかなか戻ってこない初代を連れて来るべく海へ出る。
 やがて砂浜は四人の白熱ビーチバレー会場と化し、しばらくその海では謎の銀髪四人組として有名人になっていたという。

August 4

 甘いソフトクリームにたっぷりの苺をトッピングし、更にその上からたっぷりのストロベリーソースを纏うそれはダンテたちの大好物である。店ではストロベリーサンデーという名前でメニューに載っているが、アイスクリームとストロベリーソースがあれば家でもお手軽ストロベリーサンデーとして食することができ、ダンテたちの家の冷凍・冷蔵庫には大抵いつも両者が揃っていた。特にこの季節は消費量が倍増する必需品である。
 しかし不幸なことに今、それは人数分揃ってはいなかった。
 アイスクリームは一つ。食べる店も買う店も既に閉まっている時間である。
「これを四人で分けるくらいなら食わないほうがマシだよな」
 初代の言葉に全員がうんうんと頷いた。
「ジャンケンか?」
「運任せはちょっと納得いかないんだよなあ」
 三代目の提案に四代目が首をひねる。
「なら実力で総当たり戦」
「却下!」
 二代目に向かって三人が声を揃えた。各々の実力はちゃんと分かっているのだ。
 しかしここで「待てよ」と四代目が顎ひげを撫でる。
「四人で分けて食うのは馬鹿らしいが、せいぜい二人ならまあいいんじゃないか?」
 つまり二対二のチーム戦で勝った二人が半分こ、というわけである。それならなんとかなるかもしれないと二代目を除く三人は納得したが、次の問題はチーム分けだ。真魔人という切り札を持つ二代目と組むのは誰なのか?
「バランス的に俺だな!」
 すぐさま二代目の横に滑り込んだのは最年少だった。四代目は初代と顔を見合わせたがすぐに口の端を吊り上げてみせ、その含みのある笑みを見た初代も頷く。
「いいぜ、決まりだな」
 こうして自称「華の三十代コンビ」と「歳の差凸凹コンビ」のストロベリーサンデーを巡る戦いが始まった。
 全体的な実力は拮抗している。しかし二対二である以上個々の戦力は限定され、二代目がよく三代目をフォローしながら前面に出る一方、初代はそれを凌ぎつつ四代目が三代目を猛攻した。実力差のある四代目が三代目をやる前に初代が二代目を防ぎきれない可能性はあったが、二代目は初代に対して本気を出さないだろうというのが四代目の賭けであり作戦だった。実際、四代目が大人げなく全力で三代目を撃破した時も初代はなんとか持ち堪えていて、さすがの二代目でも初代を捌きながらそう簡単に四代目を相手にできるわけはない。そして作戦は決行された。
「っ!」
 剣を流された初代が体勢を崩し、よろけるように二代目のほうへ倒れ込むその背後から四代目の剣が迫る。これが悪魔ならすぐにかわすところだが、二代目は咄嗟に右手の剣を手放して初代を受け止めると左手で銃を抜いた。その瞬間に見事な動きで翻した四代目の剣が二代目の銃を弾く。
「…勝負あり、だな」
 鋭い視線を寄越す四代目に二代目は溜息を吐きつつ潔く手を挙げた。すると彼に抱き留められていた初代が満面の笑みで四代目とハイタッチをする。
「まさか、わざとか?」
「作戦と言ってほしいね。あんたが庇ってくれなかったら俺は串刺しだったけど」
「ボスは絶対初代を守るだろうと思ってな、短期決戦さ」
「…別に、俺は誰でも守るが」
「にだいめええええ!」
 怨霊の如く背後から飛びかかってきた三代目に絡まれる二代目をよそに三十代コンビは肩を組んで小躍りしていた。
 かくて凸凹コンビは、夏のストサン最高などと言いながらそれを堪能する二人を見せつけられることになる。
 が、礼の意味だろう、初代がこっそり一口くれたことは二代目本人しか知らない。

August 6

「あつい…」
 半裸の三代目は氷の悪魔ケルベロスを従えて力無く呟いた。真夏に相応しく今日は一段と暑い。
「なんだあれ?」
 冷たい水をぐびぐび飲みながらやってきた四代目の視線の先では、初代と二代目が仲良くソファに並んで座っている。そこまではいいのだが、二人はこの夏最高の暑さなどと言われている今日の日にコートまで着込んでいた。
「我慢比べだとよ」
 膝に乗せた中型犬ケルベロスを撫でながら三代目が呆れた口調で続ける。
「いつまで暑さに耐えられるかって、まあただの意地の張り合いだな」
 彼の話によると、いつものハイネックを着ていた初代に二代目が「暑くないのか」と訊いたのが始まりで、「あんたと違って暑さには強い」「俺は別に弱くない」「無理すんな」「してない」と二代目が煽られた形らしい。はあ…と四代目は間の抜けた相槌を打った。なんともくだらないが、それは本人たちの問題である。
「しかし見てるだけで暑いな…」
 サウナでも行ったらいいんじゃないかと思うほど二人はじっと座り、時折ちらりとお互いを見ては「無理をしなくていいんだぞ」とか言い合っている。
「確かにな…よっしゃ、早期解決に協力してやるか」
 言うや否や三代目はケルベロスを四代目に預け、代わりに双剣アグニ&ルドラを持ち出した。そして試合中の二人からちょっと離れた正面に突き立て、
「お二人さん、決着つける手助けしてやるよ」
 そう言った直後、アグニ&ルドラから風が巻き起こる。火のアグニと風のルドラ、つまり熱風である。
「ちょっ…!」
「……!」
 灼熱の風をモロに受けて初代と二代目は思わずのけぞるが、それでも逃げるわけにはいかないらしくじっと耐えていた。とはいえギブアップも時間の問題か…と思われた矢先、二代目がゆらりと立ち上がる。
「…?」
 初代が見上げ、三代目も見守る中、二代目は徐にルドラを引き抜くと次の瞬間窓の外へ向かって思い切りぶん投げた。
「っえええ!?」
「ルドラアァァーーー!」
「まずい、ボスがおかしくなったぞ!」
 初代の素っ頓狂な声と三代目の悲痛な叫びとケルベロスを抱いて慌てる四代目をよそに今度はアグニへ魔の手が伸びるが、間一髪で気づいた初代と四代目が慌てて押さえ込む。
「待て落ち着け!」
「ひ、冷やせ!水だ初代!」
 目でバスルームを指す四代目に初代も頷き、二人がかりでなんとか二代目を引きずってバスルームへ連れて行くとそのまま冷たいシャワーを頭からぶちまけた。そうしてようやく落ち着いた二代目に二人は安堵の溜息を吐く。
 ただの我慢比べが犠牲者を出す騒ぎになってしまった。とりあえずここは初代に任せて四代目は部屋に戻る。三代目は二代目の豪腕によっていずこかへ消えたルドラを探しに出ていて姿は無かったが、一人残されて悲しそうなアグニを連れて四代目も後を追うことにした。
 …そして数十分後、無事に救助して帰ってきた二人が見たのは、バスルームの床の上で二代目もろともずぶ濡れになっていた初代の姿だった。
「…いちゃつくなよここで」
「違えよ!こいつが急に抱きついてきて俺までこんな事に…!」
 二代目にしっかりとホールドされながら初代は助けを求めるが、三代目と四代目はもう関わりたくないのでそのまま放置しておいた。

August 9

 『夏休み』最後の夜は臨時休業だった。
 消灯したネオンサインの代わりに事務所を浮き上がらせる明かりは、各々の手に持つ何本もの花火である。昼頃、ふらりと街の方に出て行った三代目が最近できたらしい大きな店で『ご家庭で楽しめるわくわく花火セット』なるものを買ってきたのだった。
 当然ダンテたちがただ大人しく楽しむわけがなく、謎の技名をつけてスタイリッシュポーズを決めたり、さながら大道芸のようにいくつも投げて取ったりと遊びに余念がない。
 そんな中で殆ど保護者的な位置で見守っていた二代目は、数ある花火の中から一番小さなものを見つけた。細く、一見するとただの紐のようだが一方が少しだけ膨らんでいる。二代目はそれをつまみ上げると玄関先の階段に座って先端に火をつけた。
「なんだそれ?」
「線香花火というものだ」
 覗き込んできた三代目に答える二代目の手元では、まるで羽根のような形をした火花がぱちぱちと小さな音を立てて代わる代わる現れては消える。噴き出すわけでもなく弾けるわけでもなく、明滅する小さな花は徐々に萎みつつあった。
「…地味だな」
 派手好きらしい三代目の感想に二代目は溜息をつく。
「情緒がない奴だな」
「はっは!言えてる」
 横槍を入れてきたのは四代目だが、その両手にはしっかりと二本ずつ花火が握られて火を噴いていた。
「いい歳してはしゃいでるオッサンに言われたくねえよ」
「男はな、いつまでも少年の心を忘れちゃいけないんだ」
 再びわいわいと花火バトルを繰り広げる彼らをよそに二代目は線香花火をもう一本取り出す。するとそこへ初代がやってきて二代目の隣に座った。
「俺も」
 と言って差し出してきた手に彼の分も渡して二代目が火を付けてやると、二人の手元がオレンジ色に照らされる。綺麗だなとかあんたのほうがデカイとかくっついたとか落ちたとか、肩を寄せて静かに語り合う二人をいつしか三代目と四代目は動きを止めて観察していた。
「見ろ、いい雰囲気になってるぞ」
「邪魔しちゃ悪い……って気にはならないのが不思議なところなんだよな」
 顔を見合わせ、にやり、と笑う。
「突撃ー!」
「!?」
 かけ声とともに三代目と四代目はカップル二人を挟み込む形で無理矢理両端に座った。玄関の階段に大の男が四人、まるで冬の鳥のようにぎゅうぎゅうと犇めく様は異様だ。両端の二人は身体半分ほどはみ出している。
「なんだよ暑苦しい!」
 喚く初代に構わず三代目と四代目も線香花火を垂らして喋り始め、そんな賑やかな三人に囲まれて二代目は面白そうに顔を緩ませていた。

August 10

「もう行くのか」
 ばさりと翻したコートを四代目が肩にかけるのを見て二代目が静かに言った。
「お、寂しがってくれるのか?さっすがボス」
「お前が初代のベッドを使うおかげであいつが俺のところに来てくれたのに…」
 出立を惜しんでくれたのかと思いきやいつもと変わらぬ真顔で宣う。半ば呆れた表情で「あ、そう」と呟く四代目の横から初代が慌てて口を挟んだ。
「ばかやろう、仕方なくだ。ソファで寝るよりマシだからな」
 どちらにしろ一緒に寝ていたことには変わりないらしい。気を取り直して「じゃあな」と向き直る初代に返事をし、その後ろで三代目も「またなー」と声をかける。
「四代目ー、今度帰ってくる時は土産持ってきてくれよ」
「ハイハイ、覚えてたらな」
 後ろへ軽く手を振りながら四代目は扉を開けて出て行った。
 いつもの面々に戻った三人はまたいつもの位置に戻り、ほんの少し静かで広くなった部屋を見回す。
 やがてしばらくの沈黙ののち初代がぽつりと切り出した。
「…で、最後の宿題は誰がやる?」
 溜まりに溜まった、四人分の洗濯物。
「ジャンケンで」
 元凸凹コンビが身を乗り出して言ったのはほぼ同時だった。