みんなおかえり

 この数日珍しく仕事が次々と舞い込んで一人また一人と出かけていったのに、いざ次は俺だと思ったら電話はピタリと鳴らなくなりやがった。一人残って健気に電話番をしていたが今は諦めて席を離れ、いつものソファに寝転がって雑誌を顔に被せたまま目を閉じていた。一応これでも寝てはいない。
 そうしてしばらく時間を潰していたが、ぐうと小さな音が鳴って俺は渋々起き上がる。人間、何もしなくても腹は減るもんだ。食事のついでに情報屋をつつきにでも行くかと腰を上げようとした時、ちょうど家の扉が開く気配がして俺は振り向いた。
「…ただいま」
 帰ってきたのは昨晩から出ていた最年長だ。彼より少し後に出て行った4はともかくとして二日前に飛び出ていった3がまだ帰ってこないのはどういうわけか、どうせどこかほっつき歩いてんだろう。
「よう、意外と遅かったな」
「時間と質は比例しないがな」
 皮肉を言ってみせるところから察するにそれほどいい内容ではなかったらしい。とは言えそれも慣れっこだから装備を解き始めるこの家の主に同意しつつ、俺はソファの背もたれに掛けてあった自分のコートを取った。
「あんた、飯は」
「まだだ」
「ちょうど今食いに行くところだったんだが、どうだ?」
「いや…」
 銃を置かないうちにと思って声をかけたのだが、彼は少しの沈黙を空けてホルスターからそれを抜いた。
「ん、家で食うか?」
 俺が尋ね直すと「ああ」と頷く。特に疲れている様子はないから単にまた出るのが面倒なだけなのだろう。それはそれでいいのだが、どうせなら俺もそうしようと予定を変えて手に持っていたコートを再びソファに投げた。
「じゃ、そうすっか」
 代わりに電話を取り、暗記しているいつものピザ屋へ。なかなか出ないコールを待っていると不意に背後から伸びてきた腕に抱きしめられた。
 なんだよ、と言う前にピザ屋が出て、後ろの奴も俺の肩に顔を埋めたまま動かないからとりあえずそのまま電話を先に片付ける。
「いつもの頼むぜ。ああ、二枚な」
 長年常連のほんの短いやりとりで注文を終え受話器を置いても奴は微動だにせず規則正しい呼吸だけ静かに繰り返すだけだったので、俺はしらじらしく指を鳴らした。
「おっと、あんたが何も言わないから勝手に俺好みのピザ頼んじまった。口に合わなくても知らないからな」
 軽口を叩けばようやくああともうんともつかない返事のようなものが返ってきた。やがて俺の肩に突っ込んでいた顔がもぞもぞと動いて首筋のほうへ移動してきたもんだから、俺はくすぐったくなってつい首を竦める。
「わ、」
「…お前の匂いは、安心する」
 いきなりニオイとか言われて俺は別の意味でくすぐったくなった。
「そりゃまあ、『自分』だからな…」
「それもあるが、懐かしい感じがする」
 すう、と息を吸って抱き締める腕も強くなった。
 なるほど。正直なところ俺だってこいつの匂いってのは安心するものがあるが、懐かしいというのはない。それはきっと俺とこいつの年月の差なんだろう。
 俺はちょっとだけ力を抜いて身体を預けつつ、くしゃりと彼の髪を撫でた。
「そいつは良い意味でか?それとも悪い意味か」
「わからない」
「ま、それが正直だな」
 過去ってのは良い思い出ばかりじゃないからな。決して戻れないから、余計にそうなんだ。
「だが少なくとも今は…」
「ん?」
「家に帰ってきて良かったと思う匂いだ」
 そう言ってようやく顔を上げたダンテはくすりと笑う。
 ちくしょう、なんだかまたくすぐったくなってきた。
「…そりゃ光栄。俺は退屈だったけどな」
「まだ一日は終わってないぞ」
「そうだな。なあ、ピザ来るまで風呂入れよ。そんなに埃臭くちゃ折角のイイ男が台無しだぜ」
「一緒に入るか?」
「あんたは無口のくせに無駄な口だけは回るんだな」
 それと手もな。いつの間にか俺の胸元まで這い上がってベストのベルトに掛かっている奴の手を叩き落とし、さっさと行ってこいと急かせばハイハイと肩を竦めて見せた。去り際にさりげなく軽いキスをしていくのは、まあ挨拶みたいなもんだからよしとしてやろう。
 彼の背中を見送って、すっかり和んじまったがまさか今になって電話鳴らないだろうなとか酒どのくらいあったかとか考えながらソファに戻るつもりで振り向いたちょうどその時、また玄関の扉が開くと同時に騒がしい声が飛び込んできた。どうして偶然はこう重なるのか、次々と出て行った奴らが次々と帰ってきたのだ。
「なんだ二人揃って」
 俺の問いに4が陽気に答える。
「ちょうどそこで会ってな。どこほっつき歩いてたんだか、こんなに黒くなっちゃって」
「うるせーよ。好きでこうなったんじゃねえ」
 4の言うとおり血や泥で薄汚れた3は口を尖らせた。スタイリッシュな技には見た目も大切だぞとかなんとか言っている4を放置して剣を放り投げ服を脱ぎ散らかし始める。
「あーシャワー浴びたい」
「今ちょうど2が入ったところだぜ」
「マジかよー」
 既に殆ど脱いでいた3はがっくり肩を落とした。確かにその状態じゃ早くシャワーを浴びたいだろう。
「一緒に入ったらどうだ?シャワーぐらい貸してくれるだろ」
 あいつ誰かと入りたいみたいだし…とは言わないが、冗談交じりの俺の提案に意外と「うーん」とか考えている3の横で4がちょいちょいと手招きをしている。
「ヘイおにいさん、飲みに行かないか?」
「惜しいな、さっきピザ頼んじまった」
「なんだそうなのか。…うん、まあいいや。悪いが俺の分も追加しといてくれるか」
「あ?いいけど」
「俺ひとっ走りして酒買ってくるわ」
 頼んだぜ、と言い残し4は颯爽と踵を返して出て行った。二人だけならともかく全員で飲むには足りないくらいしか残ってなかったはずだから助かることは助かるが。
「あ、初代俺も」
 シャワールームに向かう途中だった3もぐうぐう鳴ってる自分の腹を指さして言って消えた。

 あんなに暇だったのに一気に騒がしくなったもんだ。この人数と食事の量じゃちょっとしたパーティーになる。
「…ああ、悪いがあと二枚追加してくれ。スペシャルなやつを頼むぜ」
 電話を切り、やがて美味しそうな匂いで満ちるであろう家に空腹を刺激されながら俺は軽い足取りでキッチンへ向かう。

 …そして本当にシャワールームで3の突撃を受けた2がなんだか納得いかない顔をして俺のところに寄ってきた時は、正直ちょっと面白かった。