You make me happy
なんてこともない、いつもの日常。二代目は机の前に座り、初代は鼻歌を歌いながら一人でビリヤードに興じていた。二代目も好きなそのロックナンバーは口ずさむ彼に軽快にアレンジされて、時々途切れてはカチリと球を突く音の後に再び流れ出す。
そんな不規則なBGMを聴きながら二代目は腕を組んでぼんやりどこかを見つめていた。まるで眠っているかのように静かだがその目は確かに開いていて、黒く光る机の上か或いはそこに立ててある母親の写真か、見えないどこかを彷徨っている。
やがていつの間にか音が消えたことにも気づかないまま上の空で瞬きをしたところに、机越しに覗き込んでくる顔と目が合った。彼がいつからそこにいたのか二代目には記憶がない。
「ぼんやりして何考えてたんだ?」
二代目が自分の顔を映したのを確認すると初代は再びビリヤード台に向かいながら声だけを寄越した。その後ろ姿を眺めながら二代目は久しぶりに口を開く。
「…色々と」
「昼飯どうしようとか?」
「選択肢があるのか?」
二代目が意外そうに尋ね返した。お決まりの好物以外考えていないと思っていたからだ。
しかし初代はさして考えることなく鼻歌交じりに言う。
「そりゃデリバリーか食いに行くか最低2つはあるだろ」
何の気もなくさらりと答える初代に二代目は思わず顔を綻ばせくつくつと笑った。彼がこのように笑うのは珍しいから一体何が可笑しいのかと初代は振り向いて視線を投げかける。その顔が僅かに不満を浮かべているように見えるのは馬鹿にされているんじゃないかという疑問からだが、二代目は静かに頭を振った。
「いや。お前と俺は似ていると思ってな」
突然何の関係もないように思える二代目の言葉に今度は初代に困惑の色が見える。しかしそれも一瞬だった。
「…確かに同一人物だと言ったら嘘つき呼ばわりされるくらいには似てるか」
顔こそ探るような表情ではあるがすぐに返ってくる皮肉屋の返事に二代目はまた楽しそうに笑う。
「なんだよ。随分ご機嫌だな」
よく分からないがまあいいやとキューを握り直す初代だが、その顔もまた二代目につられてか綻んでいた。
聞き慣れた声が紡ぐ鼻歌に耳を傾けながら、二代目は目を閉じる。さっきのとは変わってこれも好きな曲だ。とはいえ確か自分が初代くらいの年齢の時にはまだこのレコードを持っていなかったはずだから、比較的新しい、二代目のよく聴いている歌だ。
「…お前はどこにも行くなよ」
ぽつりと呟いた二代目のその意味を分かっているのか分かっていないのか分からないが、ほんの少しの沈黙の後で、
「ならデリバリーしかねえよな」
そう笑いながら受話器を取って机に腰掛ける初代を、二代目は目を細めて見上げていた。