2様争奪戦
バン、と両手で事務所の扉を開けて三代目がどこからか帰って来た。やたら大袈裟な動作だがいつものことなので誰も気にしない。
そのままつかつかと一直線に歩いて向かったのは正面に座る事務所の主のもとで、その黒壇のデスクの上に今度は手に持っていた雑誌をババンと広げて見せ、
「なあ二代目、新しいバイク買おうぜ!」
腰に手を当て胸を張り、人懐っこい笑みを満面に浮かべる自分とは反対に無表情でそこに座る男へ向かって高らかに宣言する。
話しかけられたものの微動だにしない二代目がちらりと一瞥したところ机上の雑誌はどうやらバイク雑誌のようで、ご丁寧にお目当てのものには丸印までつけられていた。
「またか」
1ミリも表情を変えずに二代目は短く答えるだけで終わらせ、自分の読んでいた雑誌に視線を戻した。特に心動かすものはないようだ。
「なあーいいだろ?めちゃくちゃカッコイイんだって!二代目も乗りたいだろー?」
正面から素早く背後に移動して二代目の肩を揉んだり叩いたりしてアピールする姿は物をねだる子供そのものだ。
誰もバイクを乗り回すのは嫌いじゃないが、なぜか武器扱いになることが多く長持ちしたためしもないし、わざわざ買わずとも盗…いや、現地調達が多いためそれほど必要とも思われない。二代目もかつて拾ったバイクで走り回って魔界まで行ってきたこともあるが、それもスクラップされ今や影も形もないのだ。
「無駄だ無駄。どうせすぐ壊すんだろ坊主は」
しかし返事は二代目ではなく別の方向からやってきた。
のんびりとした声の主はソファの上でストロベリーサンデーをつついている四代目だ。もう殆ど残っていないグラスの中で苺を追いかけている。
「うるせーな、四代目には聞いてねえ」
「誰に聞いたって俺と同意見だと思うぜ。…うん。それよりボス、久し振りに手合わせどうだ?最近でかい仕事ないんだろ?」
最後の一口を飲み込み、スプーンをグラスの中にカチリと放って四代目が立ち上がった。
彼の言うとおりここのところ当たりの仕事は来ておらず、最強の名を欲しいままにする二代目も退屈していた。元々手応えのある仕事など滅多に来ないが、いずれにしろここのナンバー2を張る四代目のほうがそこらへんの悪魔どころか魔帝よりよっぽど手応えもある。
「…ふむ。そ」
「駄目でーす。二代目は今から俺と買い物行くから」
「お前に聞いてねえよ!ガキじゃあるまいし一人で行きなさい」
「金がありゃ行くっつの!」
「結局お財布さんだろ?お前なぁ坊主、そこのお方をどなたと心得てるんだ」
「僕は二代目が大好きデス」
「なってないな。胡麻を摺るならもう少し上手く摺らないと」
元々がお喋り同士だから売り言葉に買い言葉、気づけば渦中の人物そっちのけで三代目と四代目による舌戦が繰り広げられている。
だがそんな掛け合いもいつものことなので、二人を放置して二代目は再び雑誌を読む作業に戻ることにした。二人とも別に言い争うほど急を要することでもなかろうに、負けず嫌いもなかなか面倒だ。しかもそのうち、そういえばあの時どうしたとか何か勝手に食っただろとか今と全く関係ない話に発展していくもんだからどうしようもない。
と、その横にすっと入り込んでくる影があった。
「なんだあれ。喧嘩か?」
騒ぎの中いつの間にか上の部屋から下りて来た初代は昼寝でもしていたのか、小さく伸びをしながら二代目の机の上に腰掛ける。
すっかり三代目と四代目の討論と化しているため二代目はあたかも無関係のように「そんなところだ」と短く言って済ました。初代も別段珍しい光景ではないため「ふうん」とどうでもよさ気に答えて、少し間を置いて二代目を振り返る。
「な、暇なら出ねえ?ちょっと付き合えよ」
それは所謂デートと言っていいものか。あっちの二人は忙しそうだし他にすることもない、それに初代から誘われたら断る理由などないから、二代目はぱたりと雑誌を閉じ僅かに顔を緩ませて彼を見上げた。
「…ああ、そ」
「ゴルァ初代このやろう抜け駆けは卑怯だぞ!」
「こんな時ばかり色仕掛けしやがってお前は!」
「はぁ!?な…ッぶふぅっ!!」
二代目が立ち上がりかけたその時、突然矛先を変えた三代目と四代目のダブルツッコミもといダブルストレートが初代を直撃していた。
派手に倒され沈黙する初代を心配そうに見遣る二代目の一方、最大共通の敵を倒して再び二人の戦場へ戻る三代目と四代目。
一部始終をあくまで中立として二代目が眺めていると、ゆらりと初代が立ち上がった。明らかにその気配は穏やかでなく、しかもいつの間に取り出したのか両腕にはしっかりとイフリートが嵌められて今にも噴火しそうな勢いである。
まずい、と悟った二代目は流石にそろそろ動かざるを得ないようだった。案の定次の瞬間、初代の目がぎらりと鋭く光る。
「おいコラそこのでっかいのとちっさいの!覚悟はできてんだろうな?!」
「待て待て、それはやめておけ」
鼻息荒く二人に突っ掛かっていこうとする初代の前に素早く割り込んでどうどうと宥める。いくらなんでも内輪の喧嘩で事務所を全焼されては泣くに泣けない。
憤慨する初代を抑えつつ、二代目は大きく溜息をついてぐるりと面々を見渡した。
「わかった、順番だ」
まったく、いつもはてんでバラバラで団体行動など一切しないくせに、こういう時ばかり衝突するのだから困ったものだ。
「3。バイクが欲しいなら自分で稼いで来い」
「え、ちょっ…!」
「それなら誰も文句は言わないぞ」
うんうん、と向こうで四代目が頷いている。
「その仕事割り振ってるのは誰だよ…」
まずは一人片付いた。がっくりと肩を落とす三代目をよそに二代目は話を進める。
「よし4。相手をしてやろう」
「そう来なくっちゃな」
ポキポキと拳を鳴らす四代目に頷き、そしてくるりと初代のほうを振り向いて、
「お前はその後だ」
「いや、俺は別にいいけど…」
照れなくてもいいのにとつつきたくなるがその腕にまだイフリートを宿しているのを認識したので軽く微笑するに留めた。つつけばつつくほど意地を張るのは二代目の経験上分かっている。
そうして二代目によってようやく事態はまとめられることになった。
「あーあ、人数多いとますます仕事がないぜ」
やる気満々で剣を担いで出ていった上の二人を見送って、いまだ少しばかり不満げな様子の三代目はストロベリーサンデーのイチゴを口に放り込んだ。
「ほっつき歩いてないで電話取ればいいじゃねえか」
初代のいうとおり、基本的には電話を取った者がアタリの仕事を受けるルールになっている。ただし電話に一番近い席は主に二代目の指定席であり、また彼が乗らない時や手が回らない時は割り振ることもあったが、そうは言っても三代目はなかなか家に落ち着いてはいなかった。
「アブない趣味の兄貴がいると色々忙しいんだよ」
何をしでかすか分からない双子の兄と命がけの喧嘩するのが習慣になっている三代目は口を尖らせる。言わば二足の草鞋かもしれない。
「ま、それがお前の運命ってこった」
「別に初代でもいいんだけど。金貸して」
「そりゃ面白いジョークだ。俺から借りようなんて考える人間がいたとはな」
「あるわけないよな。あ、じゃあ初代が二代目に買ってもらえばいいじゃん!初代の頼みなら聞いてくれるだろ?」
「無理だな。あいつはそんな甘くねえよ」
「だからタダでとは言わずにさ、初代がその身を捧げれば…」
「おいふざけたこと言うんじゃねえぞ」
じろりと鋭い視線を飛ばした初代はいつの間にかその手に銃を構え、何食わぬ顔でストロベリーサンデーを口に運ぶ三代目を軽く小突いた、その時だった。
「ぎぃやぁああああああ!」
「っなんだぁ!?」
断末魔の叫びが残響とともに空気を裂き、反射的に立ち上がった二人は思わず顔を見合わせる。もちろん喚声の主は三代目でも、ましてや初代のものでもない。
すると程なくして外の扉が開いて二代目が姿を現した。右手に大剣リベリオンを携え、左手ではなぜか四代目の襟を掴んでずるずると引きずっている。二人とも紛れもなく人間の姿ではあるが時折バチバチと魔力の残滓が迸っていることから、どうやら本気でやり合ったらしい。にしても二人が出ていってからほんの数分しか経っていない。
「おいおい…四代目生きてる?」
どさりと置いていかれ、まるで魂を取られたかのように力の抜けた四代目の顔を覗き込んで三代目がひらひらと手を振ってみせるも、
「悪魔だ…悪魔を見た」
四肢を投げ出した四代目はうわ言のように呟くだけだった。見たところ凄惨なことにはなっていないものの、この様子では相当恐ろしい目に遭ったらしい。
一方、涼しい顔ですたすたと通りすぎて装備を解き始める二代目に初代は呆れた目を向けて尋ねる。
「あんたまさか…」
「まだまだだな」
しれっと答えるところから見るに、どうやら四代目は恐怖の真魔人を味わったというところのようだ。最強を誇る男の本気も本気である真魔人に敵う者は魔界に行ったっているかどうかもわからないのだから、四代目のこのダメージも納得である。
「二代目、そりゃ反則」
三代目も呆れた声を出し、その足元に倒れている被害者もこくこくと頷いた。あの切り札を出されては手合わせどころではないと言いたいのだろう。しかし二代目はあくまで涼しい顔のまま、
「約束は守っただろう」
そう言って再び来た道をすたすたと通り過ぎ玄関口に立つと、ドアを押し開けながら振り向いた。
「何をしてる。お前の番だぞ」
「あ?」
視線を向けられた初代は何のことかと顔を上げる。
「デートするんだろう?」
早く来いとドアを開けて待つ二代目を見、そして恨めしげな目を向けている横の二人をちらりと見て、一瞬躊躇ったものの初代は立ち上がった。そしてちっとも申し訳無くなさそうに、
「…悪いな」
と小さく言い残して二代目のもとへ歩いていく。
最後の約束の彼を迎え、出て行く寸前に二代目がちらりと寄越した目は心なしか楽しそうに見えた。
一家の長もなかなか己の欲望に素直なところがあるらしい。
確かに順番通りだが、持ち時間は三代目数秒、四代目数分、そして初代はおそらく数時間。贔屓全開、ほぼ独占状態の結果に二人はもはや抗議する気力もなく「ごゆっくり」と見送るだけだった。
「…やっぱり二代目を釣るには初代だな」
「やめとけ。餌だけ持っていかれるのがオチだ」
極意を得た様子で頷く三代目とは対照的に苦い顔をした四代目の言葉には、まさに真意に値する説得力が込められていた。