そんな二人の一週間
Monday - Joker in the pack
暇潰しにカードゲームでもやろうと提案したのは俺で、大抵ノッてきてくれるのが初代だが今回は珍しく二代目も参加しに来た。賭ける金はゴミみたいな金額だけど儲けを期待してる奴なんかいるわけもなし、貧乏でもポーカーはポーカーだ。
常日頃そんな顔をしている男がやはりというべきなのか勝率ナンバーワンで、もう何度目かのカードを配る。一方この手の賭け事に滅法弱い別名借金王は途中で破産して終了、風呂に行ってしまい、今は俺と二代目の一騎打ちになっていた。
それにしても初代のあの弱さは俺の将来が心配だ。生きてはいけるにしてもそれなりの武勇伝もあるらしいし、最終形態二代目のイブシ銀っぷりを見てるとそこに来るまでどんな苦労をしてきたんだろうかと心配にならないこともない。
…いや、でも今はそれどころじゃないかも。今俺の手には三枚あるカードのうちジャックが二枚で内心しめしめとほくそ笑む。
「おー、まだやってんのか」
バスルームのドアが開いたと同時に声がして、戦線離脱した初代が頭をがしがしと拭きながら出てきた。そして二代目のカードを覗き込むとちらりと俺を見て肩を竦めてみせる。
オイそれはどういう意味のそれなんだ、と目で訴える俺をよそに初代は大きな欠伸をしながら「お先に」と階段を上って行ってしまった。まるで勝ち抜けしたかのような潔さ、負け慣れているせいなのかよく呑気に寝られるもんだ。
まあとにかく俺はこの勝負には勝てそうな気がするから構わず続けようとすると、不意に二代目が自分の持っていたカードをテーブルの上に伏せた。
「悪いが、ここまでにしよう」
そう宣言してさっさと立ち上がるもんだから、俺は呆気にとられて顔を上げる。
「え、何、やめるってこと?」
降りるという意味かと思ったが二代目の様子からしてそうではなく遊びの終了を言っているようで、案の定「そうだ」という肯定が返ってきた。
おいおいまじかよ。調子が良かっただけに俺は唐突な終戦に不満の色を隠さずに溜息をつく。
「なんだよー、いいとこだったのに」
「すまんな。勝ちは全部譲る」
「急用でもできたのかよ?」
口をとがらせてブーブー言ってやると二代目はほんの少し苦笑して、顎で二階を指し示した。
「もたもたしていると口説く時間がなくなるからな」
くど…って結局いちゃつきたいだけかよ!
二人が時々一緒に寝てることは知ってるし、ついでにまだ何も進展がないことも知ってるし、そう堂々と言われては揶揄する気も湧かず半ば諦めて俺は閉口する。寝る環境なんかどうでもいいと思うけど二代目にとっては勝負より優先すべきものらしい。
ったく、初代も二代目も男の真剣勝負を何だと思ってるんだ。
そそくさと上がっていった二代目を見送って、そういえばもしゲームを続けてたらどうだったんだろうと俺は彼の置いていったカードをめくってみた。
「…まじかよ」
そこには綺麗に並んだ三枚のエースがずらり。
これを投げて、且つこれまでの勝利も精算してしまうほど…。
…どうやら二代目にとっての最強の役は、真っ先に負けていったあの男だったようだ。
Tuesday - Like magnets
久しぶりに合言葉付きの仕事が入ったと思えばその内容は散々だった。確かにでかい悪魔はいたのだがそいつは下水道なんぞに棲み着いていやがって、最下層の雑魚にはお似合いだろうけど狩るほうにしてみりゃ勘弁してもらいたい環境の中あちこち追い回す羽目になったのだ。捉えてしまえば呆気ない野郎だったがおかげで俺まで汚いし臭いし最悪だ。
ひとまず金の受け取りは後にしてとにかくシャワーを浴びたいと俺は家路を急いでいた。どうせなら今すぐ大雨でも降ってくれればいいと思うが頭上は満天の星空だから願いは届きそうにない。
星よりももっと煌々とスラムを照らす看板の下、部屋に入るなりコートを脱ぐ勢いでその扉を開けると、正面の机に座ったもう一人の「ダンテ」が顔を上げた。
「おかえ…、り」
言いながら僅かに顔を顰める。鉄面皮のこいつがこんな顔をするくらいだから俺は相当酷い態と異臭を撒き散らしているらしい。
「まったく、死に際まで迷惑なヤローだったぜ」
やれやれと溜息をつきつつ近づいてというかバスルームがそっちにあるんだから仕方ないのだが、俺が歩いて行くと彼は無言で椅子を引いて遠ざかる。おいおい、普段は来るなと言ってもそっちから寄ってくるくせにこんな時まで正直な奴だ。臭いと言わないだけ優しいのかもしれないがこいつは単なる無口だしな。
その反応を見て既に鼻が麻痺している俺は少しだけ悪戯心が働き出した。横のバスルームに入る前に踵を返し、遠巻きに眺めているそいつにじわりと寄って行ってみる。すると彼も同じくらい後ずさる。
「なんだよ。お帰りのハグはしてくれねえのか?」
「…お前がいつもやめろとうるさいから自粛することにした」
「そりゃ残念。今ならタイムサービス中なんだけど」
大袈裟な動作で腕を広げてにじり寄っていくも、
「いいから早くシャワー浴びてこい」
と顎で追いやられた。
さすがに音を上げやがったか。とはいえ俺もさっさと洗ってすっきりしたいからハイハイと諦めてバスルームへ向かった。正直あいつの困った顔は嫌いじゃないから、折角ならさっきブッ倒した悪魔みたいにもうちょっと追い掛け回しても良かったかもしれないが、あまりいじめるのも可哀想だ。
別に誰を打ち負かしたわけでもないし、日頃の逆襲なんてつもりはない。
でもくだらないけどこんな一日の終りになんとなく楽しんだ気分で、俺は頭から熱いシャワーを浴びた。
ただひとつのミス、タイムサービスの終了時間を言わなかったことに気づいたのは、バスルームの外で待ち構えていたヤツに捕えられた時だった。
Wednesday - Sweeter than dreams
昼になっても起きてこない二代目の様子を見るべく初代は寝室へ向かっていた。ただの寝坊なのかもしれないが、大抵いつもは一番早く起きている彼が朝帰りしたわけでもないのにまだ起きてこないのはやはり気になってしまう。現にこの場にいる三代目や四代目も珍しいなと零すくらいだ。
一応ノックをしてから静かにドアを開けて中を覗き込むと、ベッドの端に座ってぼんやりと窓の外を眺めている二代目の姿が目に入った。
「なんだ、起きてたのか」
まるで時が止まったかのようなその雰囲気に圧されて遠慮がちに初代は声をかける。放っておいてやったほうがいいのかとも思ったが特に拒絶されるような様子もなく、初代は部屋の中に入ると静かにドアを閉め、その隣に腰を下ろした。
「どうした?具合でも悪いのか」
「…いや」
「悪い夢でも見たか?」
尋ねる初代に「そんなところだ」と笑って二代目は続ける。
「お前たちがいなくなる夢を見た」
悪夢と言ったらアレとかコレとか心当たりがあるが、予想外の答えに初代は少しだけ驚いて目を瞬かせた。
忌まわしい過去にうなされるのは昔からのことだ。だが二代目の言うその夢は初代や他のダンテたちとは違う、新しいものだった。
「悪い夢、ねえ」
「違うか?」
「さあ…この現実のほうが夢みたいなもんだからな」
「いい夢もそのうち醒めると?」
「そういう意味じゃねえよ、俺は夢じゃねえんだから。ほっぺた抓ってやろうか?」
言いながら自分自身の頬を軽く摘んでみせる初代に二代目はくすりと笑い、
「それよりもキスのほうがいい」
冗談か本気か分からない口を叩くのはいつもの彼で、初代は半分呆れながらその頬を軽く小突く。
「元気じゃねえか、お姫様」
「おかげさまでな」
別に何もしてないんだけど、と思いつつもまあ本人がいいならいいかと初代はひとまず安心した。
彼が見たのは、そうかもしれない一つの未来の夢。もともと不確定なことを憂う性格ではないのに、ましてや夢なのに、らしくないと思う。しかし同時にそれはこの『現在』が彼の中でいかに大きくなっているかという証でもあり、その重さが初代に分からないわけはなかった。
だが敢えてそれを繰り返し慰めるような野暮はしようと思わない。
「…大体、それならさっさと来いよ。嫌でも皆いるぜ?」
おかしな奴だなと言いながら初代は立ち上がった。起きてくれば全員お揃いの現実なんだから、なにも一人でぼんやり考えていることもないのだ。
二代目は「そうだな」と呟くが、
「でもお前が来てくれた」
とどこか嬉しそうに微笑むもんだから、なんだか妙に照れくさくなった初代はぽりぽりと頭を掻いてドアのほうへ歩き出そうとしたが、その前に二代目の顔を覗き込むように身を屈める。
音もなく、ほんの一瞬押し付けただけだが確かな接触のあと、初代は踵を返した。
「…珈琲淹れるから、冷める前に来いよ」
あんたがいないと締まらない。
命令のように言い残して初代は部屋を後にする。
「ああ…ありがとう」
ぱたりと閉まる扉に向かって二代目は一人呟いた。
遠ざかる足音と、やがて微かに聞こえてくるのはこの家に集う騒がしい家族の声だ。
あのドアの向こうは変わらない。
夢から覚めた二代目がもう一度だけ窓の外に目をやれば、彼らと共に見る何度目かの雪が降り始めていた。
Thursday - OUT TO LUNCH
どういう流れで誰が言い出したのか分からないが、たまには四人で飯を食いに行こうという話になったらしい。とは言え各々好きに出歩くから昼に現地集合という形になり、俺が店に着いた時にはまだボス…もとい二代目しか来ていなかった。軽く声をかけてから俺はその向かい側に座り、とりあえずピザを一枚注文しておく。
向き直ってなんとも言えない俺の視線の先には、昼飯集合のはずが何故かストロベリーサンデーを黙々と食っている大先生。この人は俺と一番歳が近いに関わらず全く別人のように雰囲気が違っていて、挙句に無口で無表情ときたもんだから、何を考えているのか俺にはよく分からない未知の生物のような男なのだ。
それでなんでストサン食ってるのか突っ込むべきか、突っ込んで理解可能な答えが返ってくるのかどうか…と無言の空気の中で俺が考えていると、
「おっ、オッサン二人がデートか」
などと抜かしながらやって来たのは坊主もとい三代目。悪いかと言い返しつつも騒がしい奴が来てホッとしたのが正直なところで、このボスと二人きりで楽しく騒げというほうが無理がある。
俺の隣に座った坊主も一瞬向かいのストサン男に目を留めたがすぐにピザをもう一枚注文して喋り始める。ここへ来るまでバージルといつもの喧嘩をしてきたらしくご立腹の彼を相手にしながら、向かいを見ればボスも兄貴のこととなると流石に関心はあるらしく耳を傾けていた。まあ坊主たちはボスと歳が離れているから、いっそ親子みたいに割り切れるのかもしれない。
そうして人間観察をしつつ、俺の頼んだピザが運ばれてきたくらいになってようやく最後の一人が来店した。
「よう、随分とガラの悪い集団がいるじゃねえか」
遅れたわりにのんびりとやってきた初代が姿を現し、似たような容姿の男四人が揃う。
一つだけ空いていた席につくなりテーブルのピザをつまんで、俺を含めうるさいのが三人、賑やかなランチタイムの始まり…かと思いきや、くるりと初代が横を向いた。
「で、あんたは何食ってんだ?」
さすが特攻隊長、容赦ねえ!
俺と坊主が思わず身を乗り出したくなるほど躊躇いのないツッコミである。全員が注目する中、これまでストサン一目散だったボスが愛しの君の声に反応した。
「見たことがないか?」
「ああ、デザートにはよく見るけどな」
「好物でな」
「協調性のない奴だなオイ」
「俺は遅刻はしていないぞ」
「途中で美女に捕まっちまってね」
「遊びたいなら相手になるといつも言っているだろう」
「遠慮しとく…って、なんだよお前ら」
二人のやりとりをしげしげと見ていた俺たちにようやく気づいた初代が不思議そうに見渡した。ワンテンポ置いて坊主と俺は口々に言い返す。
「いやいやなんで会話が繋がってんだあんたらすげえよ」
「やっぱり日頃の鍛錬の成果か…」
初代はともかくまるでボスの覚醒を見たような気分だったが、当のカップルはよく分からないといった顔をしていた。おそらく彼らの間では普通のことなのだろう。
が、こちらから見るとそんな普通の会話もいちゃついているようにしか見えないわけで。よく見るとあいつらやたら距離が近いし、初代に隣り合って隠れているボスの左手なんかどこにあるのか分かったもんじゃない。おかげでポーカーフェイスもどこか機嫌が良さそうだ。
さしずめ通訳か猛獣使いか。ストサンを平らげたのを見てさりげなくピザを追加注文するあたりは秘書と言ってもいいかもしれない。
とりあえずトップにここの代金を払ってもらうためにも是非とも初代には頑張ってもらうとしよう。大男四人が集っての食事、ピザ数枚で済むかどうか。
むこうの扱いは専門家に任せ、俺と坊主は大好物を頬張った。
Friday - Carrot and Stick
陽が高くなってようやく起きてきたダンテを促し部屋の隅のソファに座らせて、テーブルを挟んだ向かい側に俺も座る。改まった形と俺の硬い表情から何事だと様子を窺うダンテを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「これはなんだ」
そして差し出した白い紙を一瞥したダンテは目を泳がせる。
「あー…」
「今朝届けられた。どうしてお前はいつもこうなんだ」
はあ、と俺に深い溜息を吐かせたのは昨日こいつがこなしてきた仕事の請求書だった。見たところそのへんの家が一軒買えるくらいの額が書かれている。一方で報酬としてこいつが受け取ってきた金は端金だ。
「まあ聞けよ、今回は仕方ねえんだよ。ほっといたら家が丸々魔界に飲み込まれちまうってんで」
「焼いてお祓いでもしてやったか」
「ヘイ、ビンゴ」
「ならどうして請求される」
「この仕事してると理不尽なことってあるよな」
他人事のように宣うが、それはこっちの台詞だ。こいつは賭けも弱けりゃ壊すのも得意な借金王で、報酬を重視しない俺たち共通のスタンスもあってまともに黒字を出したことがない。実力はあるがコストパフォーマンスは最下位だ。
「お前には困ったものだな…」
「そう怒るなよママ。自分のケツは自分で拭く。あんたに迷惑はかけねえよ」
「当たり前だ」
「…あ、そう」
薄情に見えるかもしれないが、たとえ同居人だろうが恋人だろうが仕事と結果はしっかり線を引いておかねばならない。
それに本音を言えば金のことというよりも、それを含めこいつの豪快ともいえる無鉄砲さが俺には危うく見えるのだ。心配、などとは口が裂けても言いはしないが。
「でもよ、あんただってこんな時代があっただろ」
「だからこそ言っているんだ。金でくだらん苦労をするぞ」
「…それは説得力あるけど…」
なんでか知らんが人の顔を見てダンテは困ったように眉を寄せた。正直なところ俺も借金はあるし好きなように生きればいいと思う反面、やはり過去に戻るなら反省くらいはする。それと一緒に生活しているなら尚更だ。
「…なあ、悪かったよ。これからは気をつけるって…なるべく」
黙り込んだ俺を見て事態は深刻だと思ったのか、ダンテは素直に謝るとミーティングを終わらせて席を立った。断言しないところが正直だが心なしかその背中が反省しているように見えたので「分かればいい」と俺も話を終わらせて立ち上がる。
そうしてダンテの後についていって、背後から抱きしめるように腕を回した。逃げられるかと思えばそうでもない。
「…俺、さっきあんたに叱られたんだけど」
「それとこれとは別でいいんだ」
「飴と鞭ってやつか?」
「おや、飴と思ってくれるのか」
それならもっと甘い飴をくれてやってもいいんだが。とダンテの胸元に手を伸ばしてベストの留め具を外そうとするとしっかり叩き落とされた。
「借金癖を直してくれたら考えてやるよ」
ふん、と鼻を鳴らすダンテに俺もくすりと笑う。
どちらも手強い相手だが、そのほうが面白い。これもまた今の俺だからこそできるミッションだからな。
せいぜいじっくり立ち向かってやろう、と彼を捕まえる腕に力を込めた。
Saturday - Kissing bug
「ん。」
「ああ、ありがとう」
両手に持っていたマグカップのうち片方をデスクに座る二代目に手渡し、初代はどさりとソファに腰を下ろしてもう片方を啜った。独特の芳ばしい香りからそれが珈琲であることはすぐにわかる。
そしてそのままこれといって会話もないし目を合わすこともない、そんな二人の様子を初代の横で眺めていた俺は何気なく尋ねた。
「あんたらって、実際どのレベルなんだ?」
ここであんたらと言ったら今は俺以外の二人しかいないから、その片割れの初代が「あぁ?」と聞き返す。
「いや、仲が良いのは分かるし普通あんなにベタベタしないけど、だからといってそれくらいだしさ」
特別な関係である、とは自他共に認めてはいるけれども、俺が実際見ている分にはちょっと仲良しすぎる友情というか相棒というふうに言えなくもない気がするんだ。惚れた腫れたのわりに未だに清いお付き合いしてやがるし。
しかし俺の見解に本人たちは口々に疑問の色を顕にした。
「だからなんだよ」
「それ以外に何があるんだ」
「いやーなんつうか…チューとかそれ以上も言うほど欲無いみたいだし」
「…え、」
ぽかんとした声が返ってくるからつい俺も同じように「え?」と言い返して初代を見ると、何か思うことがある様子だが口を噤んでしまった。二代目のほうに目を移せばこちらも少し考えていたようだが俺の視線に気づいて口を開く。
「キスぐらい毎日しているが…」
「えっ、まじで?だって昨日も俺あんたらとずっといたぜ」
「一分一秒張り付いていたわけではあるまい」
「それはそうだけど…ああ、一緒に寝たのか」
「寝てねえ」
毎度おなじみ初代の合いの手が入ったところでひとまず俺は二人の密会ぶりに感心した。同居人の気付かないところでしっかりやることやっているとはさすが抜かりがない。
しかし、ずず、と珈琲を一口飲んだ初代はしばらくの沈黙の後、独り言のように呟いた。
「…お前が変なこと言うから気になっちまうじゃねえか」
何が?と俺が訊く前に二代目も呟く。
「うむ…言われてみれば今日はまだしてないな」
あ、そうなんだ。
知られざる二人の日課が未遂らしいので、俺は両手で自分の目を隠した。
「どうぞ」
「できるか!」
「どうせ毎日挨拶がわりなんだろ?俺に構わず好きにすりゃいいのに」
言いながらもまあ予想通りの反応にニヤニヤしながら手をどかして見る。と、さっきまで座っていたはずの二代目が歩く格好のまま初代の手前でぴたりと停止してこちらを見ていた。
「お。新しい遊び」
そうして再び目隠しをする俺の頭に初代のツッコミが炸裂したのだった。
Sunday - Sandwich, Coffee, and U
きゅ、と地面を踏みしめる度にブーツの底が音を立てる。降り積もった雪は爪先を覆う程度だったが、それでも辺りは一面を氷の綿で覆われていた。
ひやりとした透き通る空気に誘われるように朝食を買いに出た帰り道、小さな紙袋を手に二代目は白い息を吐く。冬晴れに降り注ぐ朝陽が眩しく反射して目を細めずにはいられない。
すると銀世界が続く道の向こうで鮮やかな赤が見えた。同じようにきゅ、きゅ、と音を鳴らして歩いて来る男の長い髪は雪と同じ色。誰であるかは遠くからでも明白で、お互いに近づいていってぶつかる前にぴたりと足を止めると、やって来た初代は肩を竦めて震えるそぶりをしながら言った。
「おー、積もったな」
「…どうした?」
「ん、足跡があったから」
自分の歩いてきた道を振り返る初代につられて目をやれば、二人分の足跡だけが並んでいた。ただでさえ早朝のスラムには殆ど人がいない上、デビルメイクライへ一直線になる頃には通行人といえばそこの主しかいない。
玄関から続いていた足跡を追ってわざわざ迎えに来てくれたらしい初代は、もと来たほうへ向き直って二代目を促した。
「さあ早く帰ろうぜ。腹減った」
「そんなに待ち遠しかったか」
「そりゃあな」
だから来たんだと言って眩しそうに笑う初代に二代目も顔を綻ばせて歩き始める。
さくさくと、家からここまで綺麗に続いていた足跡は踏みならされてしまうが、どうせこの天気ならもうすぐ全て溶けてなくなってしまうだろう。それでもこの雪はその短い間に暖かい一日の始まりを運んでくれた。
果たして初代が待ちわびていたのはホットサンドか、それとも傍らを歩く存在か。
主たちが帰りを急ぐ部屋には芳ばしい珈琲の香りが立ちこめ、二人分のマグカップが並んで用意されていた。