11月22日

昨日の夜に出て行った二代目が帰ってきた時には既に日は落ちて、それでも飲み屋が開くにはまだ早く、秋が暮れようとしている今はめっきり夜が長くなった。
ほのかに肌寒いその外気と共にやってきた二代目に向かい、机の前に陣取って雑誌を捲っていた初代は顔も上げずに「おー」と気のない声をかける。見なくても相手が分かるのは、今出ていたのが二代目だけであったことと残念ながら客が来るほど商売が繁盛していないからだ。
だがいつもならすぐ「ただいま」が返ってくるはずなのにぱったり物音が途絶えたことに気づき、初代は雑誌から目を離して顔を上げた。視線の先には確かに二代目その人がいたが、家に入ったすぐのところで突っ立ったままこちらを見ている。

「…どうした?」

初代が訝ると、二代目は相変わらず読めない顔でちょいちょいと手招きをした。
家に変わったところはないしまさか金縛りでもあるまいが、初代は呼ばれるまま席を立つ。そうして二代目の前に歩いていくと、待ってましたと言わんばかりに伸びてきた手に捕まって引き寄せられ、

「ただいま」

のついでにちゅっと音を立てて頬にキスが落ちてくる。
唐突な甘い雰囲気に初代はいつものように突っ撥ねることも忘れてポカンとしていたが、朗らかな二代目と反対に眉を顰めた。

「…鳥肌が立ったじゃねえか」
「おや、そんなに嬉しいか」
「違えよ。なんだ突然、気味が悪いな」
「ん?記憶では俺の両親はこうしていたんだが、お前の両親は違っていたかな」
「いや…いきなり何だよ」
「聞いたところによると今日は『いい夫婦の日』らしいぞ」
「へえ」
「だから両親を見習おうと思ってな」

至近距離でにこりと笑いかける二代目の迫力に初代は一瞬だけ沈黙したが、二代目の言わんとすることを悟ってすぐに反論に出る。

「…夫婦じゃねえ」
「今のところはな」
「なんだそりゃ。大統領にでもなって新しい法律作る気か?…っていうかいつまでやってんだよ!」

ようやくこの密着が続いていることに気づいた初代は二代目の腕から抜け出そうと身動ぎをしたが本気には程遠く、涼しい顔の二代目に容易く抑えられる。それどころかその腰に回された腕に力が込められてますますその距離は近づいた。
よく知る声と温かさを腕に抱いて、安らぎが満ちていくのを感じながら二代目は逃げようとする恋人の名前を呼ぶ。

「ダンテ。なにか忘れてるぞ」
「あ?ああ、おかえり」
「それと、」

二代目は少し顔を傾けて頬を見せ、さっき自分がしたことをアピールした。
ノッてくれるか、絶対しねえと言われるか。
確率は五分五分だろうかと二代目は踏んでいたが、答えはそのどちらでもなく。

「…今日は特別だぜ」

そう言って初代はグイと正面を向かせた二代目の唇に己の唇を重ね合わせた。

「…あれが夫婦だとすると、俺らは息子なのかね」
「それでうまくいきそうだから怖いな」

階段の上では、盛り上がっている二人を前に登場のタイミングを失った三代目と四代目がこっそりと「良い夫婦」を眺めていたのだった。