身動き出来ずとも
帰りのついでに買ったピザの箱を手に、早くも一切れを頬張りながら三代目は玄関の扉を開けた。
いつも真正面先の黒檀の机に座っている年長者の姿がないが、少し視線をずらせばソファのほうで寛いでいるのが目に入る。ただいまのつもりでモゴモゴと言いながら歩いて入っていくと、二代目に隠れてあまり見えなかったが隣に初代もいた。
相変わらず寄り添って仲の良いことだが、どうやら初代は居眠り中らしい。二代目にもたれ掛かり、その肩に頭を預けてすやすやと眠っている。
珍しいな、と三代目は思った。初代がそんなふうに甘えた姿を人前に晒すことはなく、もし今すぐ起きたとしたら得意の口八丁でしらばっくれるだろうが、うっかりそんな格好で寝入ってしまった初代の自業自得だからしょうがない。しっかり目撃した三代目はわざととぼけた口調で、枕と化している二代目に向かって笑いかけた。
「おっと、邪魔だったか?」
「…いや」
いつものように眉ひとつ動かさずに二代目は答えたが、少しの間を置いて再び口を開く。
「ただ…」
「?」
「俺にも一枚くれ」
そう言うと二代目は三代目の持つ箱に視線を向けた。
何かと思えばいきなりピザを強請られて三代目は一瞬ぽかんとしたが、そう言った割には微動だにしない二代目を見てもしやと思い立つ。横の初代とこの状況、ひょっとして彼は困っているのではないか。
「ほい、どーぞ」
三代目はその場でピザを一切れ差し出すが、ソファに深く座ったままの二代目には届かない。案の定、彼は自ら立って受け取りに来ようとはしなかった。
「…持ってきてくれ」
「取りに来れば?」
「…動いたらこいつが起きるだろう」
「起きたってどうせまたすぐ寝るだろ」
なんたって初代は寝るのが得意だから、ちょっと中断されるくらい屁でもないはずだ。いくら惚れた相手とは言えそこまで気を使うほど二代目ってお人好しだったっけ、と三代目が意外に思っていると、相変わらずの無表情ではあるがやや憮然とした様子で枕が反論してきた。
「一度起きたら、離れてしまうに決まっている」
それくらいわかるだろうと言いたげな目を寄越されて初めて三代目はその真意を悟り、同時に呆れる。つまり二代目は別に親切心を働かせて身動きできないのではなく、少しでも長くこうしていたいらしいのだ。
いつも一緒にいるくせに今更何を有難がることがあるんだか。いい歳した野郎共が、見てるこっちが恥ずかしくなるような言動をしれっとやってのけるのだから恋は恐ろしい。
これ以上惚気に付き合う義理もなく、かと言って意地悪する意味もなく、三代目は若干引き攣った苦笑いで歩み寄っていった。一体いつからこうしているのかは知らないが、腹を空かせるくらいだから食事も我慢していたのだろう。よくもまあ、そこまでするならいっそ押し倒して一緒に寝てしまえばいいのにと思うが三代目は黙ってピザを手渡した。この二人は変なところでほのぼのしているのだ。
二代目は目の前に差し出された温かい好物を受け取ると、ありがとう、と満足気に頷く。さしずめ、両手に花と言ったところだろうか。ピザと一緒にされたら二人とも怒るだろうが。
だがようやく美味しそうなそのピザを口にしようとしたその時、隣から聞こえた音に二代目は口を開けたまま一瞬固まる。
それは二代目にしか聞こえない小さな音ではあったが、確かにグウと鳴った腹の虫。
けれども彼には、心なしか顔の赤い初代を目にすることは出来なかった。