はやくはやく

静かに眠る彼の髪をさらりと撫でる。

「…ダンテ」

名前を呼ぶと僅かに身じろぎをして、やがてぼんやりと瞼が開かれた。
ただいま、とまだ寝ぼけ眼の彼のこめかみに軽く口づけを落としてから、俺は部屋の隅に移動して自分の装備を解き始める。後ろではダンテがもぞもぞと起き上がったらしい音と、少し掠れた冴えない声が投げかけられた。

「あれ…明日帰るんじゃなかったか…?」
「そのつもりだったんだがな。急に帰りたくなった」

背中からリベリオンを抜いて立て掛け、両脚の双子銃はテーブルの上に置く。数時間前まで俺と共に暴れ回っていたかれらも休息の時間だ。
周囲は辛うじて暗闇を保っているものの時刻は朝に近い。狩りを終えたらそんな時間になっていて特に急ぐ理由もないから一泊してくるつもりでそう連絡したのだが、電話を切ってみるとどういうわけかやはり帰ろうかと思えてきて、またかけ直すのも面倒でそのまま家路を急いで来たのだった。

「だが…帰ってきて正解だったな」

後ろでダンテが耳を傾けている気配を感じつつ、俺はくすりと笑って続ける。

「お前が俺のベッドに寝ているとは」

そう、ここは俺の部屋、彼が眠っていたのは俺のベッドだった。決して俺が睡眠を邪魔すべく侵入したわけではない。何をどうして俺のベッドで寝ていたのか知らないが、貴重な現場に出くわしたものだ。
まだ幾分ぼんやりしていたダンテも俺の言葉にようやく今の状況を思い出したようで、バツが悪そうに目を伏せると無造作に髪を掻き上げる。

「あー、これは…なんていうか…たまたまだ」
「そうか」
「そう。たまたま、なんとなく面倒で…あんたの部屋のほうが近いからさ。どうせ空いてるしここでいいやって適当に寝ちまったんだよ。…別にいいだろ?」
「ああ」

分かるような分からないような言い分だが、理由など大した問題ではなかった。寝たいところで寝ていいし、何よりこんな思いもよらぬお迎えがあるとは思ってもいなかった俺としては歓迎するところだ。
そうすると、ふと妙な考えが頭を過ぎる。

「俺が急に帰りたくなったのは予知能力かもしれんな」

もちろん半分冗談だが、偶然でも運がいい。
本人の言う通り本当に他意はなかったとしても、いつも俺かあるいは俺とこいつ二人だけで眠っているここで、俺のいない時に一人で寝に来ていたという事実は俺にとって大切なことのように感じた。帰りを心待ちにしてくれていたのではと思っても仕方ないくらいだろう。
とはいえ予知なんてさすがに呆れたのかダンテはきょとんとしているが、特に構わず俺は作業を再開しコートを脱いでベッドに腰掛ける。もうすぐ朝だが俺の睡眠はこれからだ。いつの間にかもう一人分のスペースができているから一緒に寝てもいいということだろう。まあそもそも俺の部屋だから断られる理由もないのだが。
そうしてブーツを脱いでいると、背後でぽつりと静かな声が聞こえた。

「…それか、俺が呼んだのかもな」

その珍しい言葉に振り向けば、やはり珍しく真面目な顔をした彼とまっすぐ目が合う。
けれどもそれはほんの一瞬の間で、なんてな、とすぐにいつものように皮肉めいた苦笑ともつかない笑みをにやりと浮かべた。固まっている俺をよそにダンテはベッドの中に潜り込み、おやすみと言ってさっさと寝ようとするからようやく俺も我に返って後を追う。

俺が帰りたくなったのは、こいつに呼ばれたからだったのだろうか。
本人に言われて嬉しくてつい顔が緩んでしまうが、幸いダンテは背を向けているから見られなくて済んだ。それはひょっとすると向こうも同じなのかもしれないけれど、今はこの心地良い時を壊したくなくて俺は何も言わなかった。
そのかわりに後ろからしっかりと腕を回せば、確かな互いの存在を肌で感じられる。
やはり帰ってきてよかった。
朝になったらきっとこいつは先に起きて行くのだろうが、それまではこうして寄り添って、俺達は共に眠りについた。