告白

ゴトン。
9番の玉がポケットに吸い込まれていくのを初代は半ば呆然として見ていた。そして得意気にキューを担いで振り返った勝者に向けてがっくりと肩を落とす。

「信じらんねえ」
「今日は調子がいいようだ」
「そんな簡単かよ…」

確かにそうなのだろうが、初代のほうこそ調子はよかった。いい滑り出しで先攻し4つも落として交代したのに、あろうことか後攻の二代目は更に上を行っていて、それっきり初代に回ってくることはなかったのである。
勝負に賭けを持ち込むのはダンテたちにとってお馴染みのこと、勝ったら借金をチャラにしてもらおうと企んでいた初代は己の懐に木枯らしが吹いた。実は今日食べる分もない。なんでもいいから依頼を受けるしかないかと心の中で溜息をつく初代とは反対に、二代目はすこぶる楽しそうに彼を見ていた。

「さて、何をしてもらおうか」

勝者が相手を従わせることができる、という特権はもちろん二代目にも適用される。だからといって無茶なことは要求してこないとは分かっているものの、やはり何を言われるか知れないというのは少なからず緊張するものだ。

「…言っとくけど金はないぜ」
「ああ、まだ先月分が返ってきてないからな」
「……。」
「うむ。じゃあ…」

なにやら思いついたらしい二代目は腕を組んでにこやかに宣言する。

「お前から俺に、『愛してる』と言ってもらおう」
「………………は?」

あ、愛…?
初代はぽかんとして二代目を見る。一日パシリに使われるくらいの覚悟はしていたのに、下された命令は予想を掠めもせずにあらぬところから飛んできた。

「どうだ、簡単だろう」
「いや…まあ…そりゃ…」
「さあ」

どうぞと正面に仁王立ちで待ち構えられ、改めてハッとした初代は途端に焦りだす。これはひょっとして、物凄く恥ずかしい。
二人は恋人同士でいるが、考えてみれば愛してるとかそんな言葉を初代は言ったことがないように思えた。普段からそんなこと言わなくてもちゃんと分かり合っているつもりだし二人ともそういう性格だ。この関係を築く一番最初のきっかけではそんな類の意思表示というか認めはしたが、ストレートに言ったことはやはりない。
向こうだって滅多に言うことではないからお互い様だと思うが、いずれにしろ今ここで求められていることには変わりない。それも、本人を真正面にしている前で。

「…あのさ、それ以外では…」

回避する可能性を探るべく念のため聞いてみたが、

「借金払うか?」
「…いや…」
「まあストリップもいいが」
「あーくそ、分かったよ!」

他人ならともかく何が悲しゅうて身内にまで服を担保に差し出さねばならないのか。くだらない遊びとはいえ放棄したら後が怖いし、どうせたったひとつの言葉なのだから言えば済むと初代は奮起した。ほんの一言言えばいいのだ。
よし、と息を吐いて、虚空に目を泳がせつつも極めてなんでもないことのように口を開く。

「あー。その」
「おっと、ちゃんと俺の目を見てだぞ」
「…!」

両手でガシッと肩を掴まれ、逃げ場がないどころか至近距離で準備万端だ。
相手が二代目でなければ勝負だろうが最初からこんな話は聞かないし殴り倒してやるのにと沸々しながらも初代はなんとか自分を抑える。心にもないのならともかく事実であることがまた悔しい。
しかしいつまでもこうしていると余計に勿体つけてしまい相手の思う壺なので、初代は開き直るべく睨みつけるように二代目を見る。二代目のほうも何も言わずに見つめ返して待っていた。

「一度しか言わねえからよく聞いとけ」

ああ、と頷いてほんの少し微笑を浮かべる彼に向かって、

「俺は、あんたを愛してる。」

……。

……………。

「…なんとか言え」
「おや、みるみるうちに顔が赤く」
「うるせえな知ってる!」

あ゛ーくそ!と声を上げて初代は二代目の手を振りほどいた。自分でも明らかに顔が熱いからきっと誤魔化しようもないほど赤くなっていると思うと格好悪くてしょうがない。

「まるで苺だな」
「普通はトマトとか茹でタコとか言うんだようるせえな」

よくわからない文句を言いつつ初代はどさりとソファに腰を下ろしてそっぽを向く。一方の二代目は思っていたよりも素直に照れてみせた彼を可愛らしく思いながらその後を追い、来るなと言われても構わず隣に座った。顔は見えなくても赤くなった耳は見えていて、それを指摘すればまたうるせえと怒る。

「はぁ、柄にもないこと言うもんじゃねえな」
「こっちを向けダンテ」
「よしてくれ」
「言い逃げされては俺の気が済まないんだが」
「ますます要らねえよ。頼むから何も言うんじゃねえぞ」
「つれないなお前は」

人に恥ずかしいことさせといてまだ言うかと初代がじろりと見やると、台詞に反して大層嬉しそうに二代目がにこにこしていた。あまり感情を表に出さない二代目にそんな顔をされると初代はなんだか毒気を抜かれてしまうのが常で、こんなに喜ばれては悪い気はしないかもしれない。
と一瞬思ったものの、言葉の代わりに現物支給だという二代目にしっかり捕らえられ熱烈キスに見舞われて、やはり調子に乗らせるもんじゃないと再認識した。

それでもその日は一日中上機嫌の二代目に色々奢ってもらえたから、本当の意味で勝ったのは初代だったのかもしれない。
…借金は減っていないが。