夏の暑さにも負けず
「昨日あんたら一緒に寝た?」
唐突な三代目の問いかけに、隣に座っている初代が飲んでいたコーラを噴き出し、いつもの黒檀の机の前に座っている二代目は目を瞬かせる。
が、咳き込む初代をよそに二代目は至って冷静な、いつもと変わらない声で答えた。
「なぜ分かった」
昨晩は三代目が一番に寝に行ったため実際目撃したわけではないはずだし、そもそもたとえその場にいたとしても二代目はともかく初代のほうは人前でそんな素振りを見せるようなことはしない。もちろん文字通りただ共寝しただけだから何か怪しげな物音を立てたわけでもない。
「なぜってそりゃ、今朝二人仲良く一緒に起きてきたから」
至極単純な根拠に二代目はそりゃそうだなと納得したが、初代の方は意外と往生際が悪く「偶然だろ」と呟いていたところを聞き流して三代目は手で仰ぎながら言う。
「こんな暑いのによくくっついて寝られるな」
本格的な夏がやってきたデビルメイクライは暑い。エアコンなどという文明の利器は無いから気温が上がるままに暑くなる。
冷房があるとすれば、氷を操る悪魔だけ。今も三代目の隣には大型犬サイズになったケルベロスが座って主を涼ませているが、生憎ケルベロスは頭が三つあっても一匹でしかなく、大抵は三代目が連れ歩いている。いくら夜とはいえこの暑い季節に好んで添い寝とは、三代目には理解しがたいことだった。
しかし二代目は全く意に介さない様子だ。
「何、暑さなど問題ではない」
「嘘つけよ。少なくとも俺より弱いくせに」
「えっじゃあ初代が行ったんだ」
「違ぇよ!こいつが涼しくしてやるから来いって強引にだな」
なんだかよく分からない初代の言い分に三代目は首を傾げる。
「怪談話でもしたのか?」
「そんな怖い話があったら聞いてみたいもんだ。そうじゃなくて、こいつが持ってる…なんだ」
「フロストハート」
「そう、それだ。それが涼しいんだよ、お前の犬みたいに」
だから涼みに行っただけっていうか無理矢理連行されたんだ、とか言っている初代は放っといて二代目の方を見遣れば、ごそごそと懐から取り出して見せてくれる。
それは丸型、三日月型、涙型の三つの窪みがあるアミュレットで、そのうちの丸い部分に薄いブルーに輝く宝石のようなものが埋まっていた。魔力に氷の属性を纏わせるフロストハートと呼ばれる石だ。
三代目はおもむろに立ち上がって二代目の側に歩いて行き、ちょっと失礼します、とか言いながら最年長に抱き着いてみた。
「おお!ほんとだ二代目が涼しい!」
なるほど、だから初代いわく暑さに弱いらしい二代目がこの暑さでも全く平気な顔をしていたのかと実感する。自分が自分の冷房というわけだ。なかなか便利なアイテムである。
「凄いなそれ。ちょっと貸してくれよ」
「無駄だ。これは俺の魔力に反応するから俺が身につけていないと何にもならん」
「はぁ、なんだよ…ん?身につけてってことは昨晩も服着てたんだ」
「当たり前だろ!っていうかいつまでやってやがる」
即座に突っ込んできたのは二代目ではなく初代だった。未だに抱きついたままの三代目の頭を掴んでメリッと引き剥がそうとしているが、当の三代目は面白がって一層くっつき、二代目もさして止めようとしない。
「初代がやきもち焼いてる」
「ああ、すまんな」
「じゃあお前にソレやるから俺は犬を貰うぜ。あっちのほうが可愛いしな」
「…人を冷房扱いするな」
二代目の抗議をスルーして初代はソファに戻っていき、あーあとか言いながらケルベロスを抱っこしたままのんびりと寝っ転がって昼寝の態勢をとる。
一方の放置された二人は顔を見合わせ、これ以上くっついている気もなく三代目はようやく二代目から離れた。
見れば二代目がなんとなく羨ましそうな目で向こうを眺めているので、三代目はちょいちょいとケルベロスを呼び寄せる。そのうちに静かに立ち上がった二代目がゆっくりと、気配を殺してソファに近づいていった。
あとはお約束の、初代の太い悲鳴が響き渡って終わる。