ミッション

地域の人間からは「悪魔の館」なんて何の捻りもない呼ばれ方をしているらしい屋敷は、元はこの辺で一番の金持ちの家だったらしいが今となっては荒れ果てた廃墟と化していた。いわく、ある日を境に家の主や下々の者すべてが忽然と姿を消したのだという。まあそんなありきたりなミステリーはともかく、それから夜な夜な悪魔が集っているらしいという部分は放っておくわけにもいかない。とはいえ実際悪魔を見たことがある人間はおらず…と言えば単なる眉唾モンの噂話だが、見に行って帰ってきた者はいないという意味になると話は別だ。
依頼を直接受けたのは俺だったが、暇だからという理由でくっついてきた散歩気分の奴がいてこっちは二人。対して向こうのホーンテッドマンションは確かに悪魔の巣にはなっていたからハズレとは言わないものの雑魚ばかりで、数だけ多いあたり害虫駆除以外の何物でもなかった。もちろんそれは俺たちの実力に照らしての話だ。

すぱん、と極めて軽い手応えで俺のアラストルが猿みたいな悪魔を両断し、返す刀で飛び掛ってきた一匹も屠る。その勢いのまま駆けて目の前の新しい目標に突きを繰り出すと後ろにいた奴らを巻き込んでかなり吹っ飛んでいったが、俺が追撃するまでもなく後方で戦っている相棒が撃ち抜いた。
あいつは俺より一回りも歳食ってるくせにその分の経験が体力より勝るのか、まるで遊んでいるようにひょいひょいと軽い身のこなしで敵の攻撃をかわしながら銃で確実に仕留めていた。それでいてこちらの援護も忘れないあたりは流石の余裕らしく、俺はナイスアシストと視線だけ送っておいてアラストルを手に切り込んでいく。見た目と違わず猿そのものの鳴き声と共に牙を剥いて襲い掛かってくる鋭い爪を弾いて通り過ぎ、奥にいた二匹を横薙ぎでまとめて斬ったのと同時に背後では俺がさっき置いてきた猿がもう一人の銃によって四散した。
どこからともなく湧いて出るこいつら一匹一匹は弱いが、小さくすばしっこいおまけに数が多いとなると面倒ではあるものの、二人がかりだから時間の節約にはなっただろう。俺たちも疲れ知らずというわけではない。

「ようやく終わったか?」

いまだ興奮気味に電撃を散らすアラストルを背中に戻しながら俺は辺りを見回す。屋敷の一室、俺たちの事務所くらいの広さはある部屋にさっきまで充満していた鳴き声も気配もなく、累々と横たわっていたはずの骸はその殆どが既に砂と化して形を失っていた。

「そうらしいな」

銃を収めてやってきた彼の銀髪が月光に煌く。電気など当然ないから明かりと言えば月だけだが、幸い屋根の一部が大きく崩れ落ちているためそれほど視界に不自由はしない。どちらかというとその瓦礫のせいで足場のほうが悪いくらいだ。
「悪魔の館ねえ…。こいつら一体どこから出てきやがったんだ」
「穴が開いているわけではなさそうだが」
「親玉がいる気配もねえな」
人界に紛れ込んだ悪魔の存在は散逸的に見られるものの、今回のようにごく狭い範囲に集中しているとなると何らかの原因がここにあるように思える。たとえばこの家自体が魔界に侵食されているとか、魔界から呼び出している術者がいるとかだが、しかしそれなら元を叩くまで際限なく出てきそうなもんだ。
「休憩中か?」
「わからんが、ここに住めば退屈しないらしいぞ」
「ハ、顔の青い猿どもとルームシェアなんて俺は遠慮したいね」
「うむ。お楽しみを邪魔されちゃ敵わないからな」
「ああ食事中とかな」
意味ありげに肩へ回してきたヤツの手を払ってからさらりと同意してやったら静かになった。よくもまあ何かにつけて口説こうと思うもんだと感心すら覚える。同じ男として分からないでもないが。

それはともかく、気を取り直して俺は再び辺りの様子を探った。さすが金持ちの屋敷だけあって時折きらりと光るものが瓦礫の下から覗いている。こう悪魔が集っていると盗人すら命を惜しんで寄り付かないのだろう。残念ながら俺たちはいくら金がなくたってこういうのには興味ないが、人の骨が転がっているよりはずっとマシだから悪魔もいい防犯になるのかもしれない。
なんてあまり真面目とはいえないことを考えていると、大人しくしていた隣が不意に歩き出した。向かう先は壁際のちょうど柱に沿って置かれている一体の女神らしき女の像。大理石か何かなのか彼の髪と同じように青白く輝いて見えるそれをしげしげと眺めていたかと思えば、おもむろに背中の剣を抜いた。
どうしたと俺が尋ねる暇もなく銀色の軌跡が一閃した次の瞬間には、石造りの女神は腹から真っ二つにされて上半身を床へ崩れさせていた。なかなかの美女だったのに勿体無い…が、現れた光景に俺は目を見張る。崩れ落ちた像の断面、その中央部分が握り拳くらいの範囲で青く光り輝いているのだ。
ごとり、と鈍い音を立ててその青い塊が転がり落ちる。どうやら像の一部というよりは嵌め込まれていたもののようだ──まるでこれを隠そうとしているかのように。
「なんだこれ、魔光石か?」
「おそらくな」
「なるほど、悪魔どもはこれに引き付けられて集まってきたってわけか」
こんなものをどこで手に入れたのか知らないが、目の肥えた金持ちでも見たことのない宝石だと思ったのだろう。人界のものではないんだから当然だ。
拾い上げてみると案外重いそれは自らが輝いていて、幻想的な青白い光は確かに見る者を魅了する魔力を秘めているように思えた。こうして見ているとその青に俺はふと思い当たる。

「ふぅん、なんだか…」
「お前の目の色に似ているな」

重なるように言葉を繋がれて俺は声の主を振り向いた。
彼もまたぼんやりと俺の持っている魔光石を見つめていたが、視線に気付くと心なしかバツが悪そうになんでもないと首を振り、
「放っておくと悪魔を集めるだけだ。さっさと灰にしてやれ。お前得意だろう」
そう素っ気無く言い残しさっさと踵を返して行ってしまう。照れ隠しのつもりなのか、いつもあからさまなアプローチはしてくるくせになんでこれくらいで照れるのかよく分からない奴だ。というか、

「俺はあんたの目の色に似てると思ったんだがな」

ひとり残されて呟きつつかざして見れば、やっぱりよく見覚えのある透き通ったエメラルドブルーだと思う。確かに角度によってきらきらと青色の具合が変わって見える気もするが、眺めているとまるで吸い込まれてしまうような気になるのは自分が半分悪魔だからか、それとも彼の色に似ているからか、ひょっとしたらその者にとって一番いい色に見える魔性の石なのかもしれない。

だとしたら、綺麗だけど俺には必要の無いものだ。俺は「本物」を持ってるからな。
さっきの彼も同じことを思ったのだろうか、なんて考える自分が我ながら自惚れていてつい苦笑を漏らしながら、俺は炎の篭手イフリートを呼び出した。
怪光を放っていたその石っころは魔界の炎に焼かれ一瞬にして黒い炭に変わり、持つ手に力を込めればぽろぽろと砕け落ちて、もはや悪魔や人を惹きつける魔力も何もない砂となって瓦礫の一部となる。

そして再び月光だけを頼りにした闇の中、まるでこの時を待っていたかのように「帰るぞ」と俺を呼ぶ声のほうへ、いつも傍にいるあの美しい青のもとへ向かった。