一目瞭然
「だーかーら、分かってるって!」
「その割には進まないな?」
不満げな声と、それをからかう声がさっきから同じようなフレーズばかり飛んでくる。発信源はソファの上、雑誌とペンを手におそらくパズルでも解いているのであろう初代と、それを横から口出ししている二代目だ。わざわざそのためにいつもの指定席を離れて初代つつきに精を出す二代目もあれでいて物好きと言うか暇人というか。かわりにいつも下っ端扱いされてる俺がその空いた黒檀の机の前で事務所の主よろしくふんぞり返っているというわけ。
初代にしたって本当に迷惑なら隠すなり移動するなりするだろうから、要するに二人でじゃれ合っているだけなのだ。暑苦しくはあるがいつものことだから別にツッコミ入れる気にもならない、そもそもこのカップルのすることをいちいち気にしていたら俺が疲れるだけだし。
まあ、それにしても。
「ほんと仲良いよな」
俺はしみじみ言った。二人が好き合っていることはよぉーく知ってる。でも異世界の存在とは言え同じ「ダンテ」であり経験は違えどその根本の性格や嗜好は変わらないはずなのに、なんで他の誰でもなく二代目と初代だけ色んな壁越えてジャストフィットしてるんだ、と思うだろう普通は。
「どうした、寂しいのか」
と二代目。なんか違う。
「何言ってんだよ。俺たちはみんな仲良しだろ?」
芝居がかった調子で初代。明らかに小馬鹿にしている。
というか二人してまるで俺が羨んでいるようにとられて心外なんですが。
「や、じゃなくてさ。なんつーか普通じゃなくてこう…見てすぐ分かるほど」
だから何という話でもないが、どうせ暇だしと思い俺は続けてみた。
「…そりゃ、普通じゃないからな」
「…冗談だろ?そんなんだったらもう一緒に出歩けねえな」
同時に返される意見は真っ二つに割れた。そうだろうとは思ったけど。
当然真っ先に反応するのは二代目だ。初代に向かって言う。
「何を言ってる。外は外、家は家でちゃんと弁えているだろう」
「本当にそうならなんでエンツォの野郎に夫婦呼ばわりされなきゃなんねえんだよ」
日頃の不満をぶつけるかの如く初代がじろりと二代目を睨んだ。俺から言わせれば別に二代目に非があるわけではないだろうし実際夫婦みたいなもんじゃん…と言いたいところだが、以前二代目に夫婦じゃなくて恋人だと怒られたことがあるのでとりあえず補足に留めることにする。
「だから分かるんだって。本人たちにはどうしようもないんじゃねえ?空気だよ空気」
ぱたぱたと手を振りつつまとめたら向こうの一人が嫌な顔をした。
「分かるって…何が分かるっつうんだよ…」
「気にしても仕方ないな。それよりそのタテ6の答えだが」
「うわ馬鹿てめえ言うな言うな今思い出してんだから!」
どうやらクロスワードパズルのようだ。先に答えを言われそうになった初代は素早く自分の耳を塞いでウンウン考え始め、それを見届けてから二代目が振り向いた。
「空気か…俺だけじゃなくてこいつもか」
こちらの話が聞こえていない初代を指して尋ねてくる。俺や初代に何言われようと我が道を行く二代目でも客観的意見が欲しい時もあるらしい。
「ま、そりゃあな。当事者は気づかないかもしれないけど」
普段の何気ない動作、たとえば何の疑問もなく珈琲ふたつ淹れたりとか、無口な二代目の代わりに話進めてたりとか、阿吽の呼吸っつうの?
と付け足してやると二代目は僅かに口角を上げてそうか、と満足そうに頷いた。おお喜んでる喜んでる。
まあそれも普通なら無二の相棒で済むかもしれないが、さすがにエンツォぐらい長い付き合いになるとなんとなく気づくこともあるのだろう。俺の知っているより大分歳食ったあのヤローに「あの二人はどんなんだ」とニヤニヤしながら聞かれた時は妙に感心したもんだ。俺みたいに同居してりゃこれ以上ないくらい丸出しでイヤっちゅうほど見せられてるけどな。
そんなわけで二代目が嬉しそうに…と言っても表情はいつもの涼しい顔だが、両手が塞がっている初代にここぞとばかりにちょっかいを出し始めた。この場合は阿吽の呼吸というより二代目がやたら元気になるケースだ。
大体ああやって座るにしてもいい歳した野郎同士がいちいちあんなにくっついて座らないし、座ってくるほうもそれを好きに放っておくほうも同じだろ。
再び非難の声とそれを楽しむ声の応酬が始まって、よくやるよと呆れつつまたいつもの日常に戻った。
今日は二人とも忙しそうだからどうやら俺が出勤のようだな。当たりが来ればいいけど。
ゴン、と悪魔一匹殺せそうな派手な音を立てて初代の頭突きが炸裂したちょうどその時、本日一本目の電話が鳴った。