いってきます

ばさりと深紅のコートに身を包み、その上から胸当てを装着し、両手にグローブを嵌める。常人には扱えない双子銃を両脚のホルスターに収めて、その背に背負うのは長大な魔剣。
いつもの「正装」を決めて階下の事務所へ降りていくと、その俺の姿を認めたダンテが何やら無言で近づいてきて俺のすぐ目の前で足を止めた。
見送りのキスでもしてくれるのかとほんの少し期待しながらも黙って事態を見守っていると、ダンテは徐に俺の胸元へ手を伸ばしてきた。
ジィーッ。

「いつも思うけど、開け過ぎ」

俺のコートのファスナーをぴっちり一番上まで閉じて、ぽんと軽く叩いた。
一瞬ぽかんとしてしまった俺だが、すぐに言い返してやる。

「いいや、俺としてはお前のほうを開けてもらいたいんだがな」
「それでどうすんだよ」
「もちろん、見て楽しむのさ」

俺はすかさずダンテの背と腰に手を回して引き寄せた。
こいつは普段から黒のきついハイネックの上にベストを着て、仕事の時は更にその上に俺たちのトレードマークである赤いコートという鉄壁三重装備で、俺としてはもう少し隙を見せてもらいたいと常々思うところなのだが。
などと考えながら舐めるようにまじまじと眺めているとベシリと額を叩かれた。

「…いたい」
「あんた今の自分の言動振り返ってみて自分が変態なんじゃないかって悩まねえ?」

いいや全く。答えるかわりにひょいと肩を竦めて見せたら呆れたように溜息をつき、俺の手を解いて離れていってしまった。

「ったく、無駄に色気振りまいてどうすんだよ」

言いながらダンテはどさりとソファに腰を下ろしてテーブルの上に脚を投げ出す。こらこら、と言いたくなる素行だが俺を含め全員やるから仕方ない。

「おや、心配してくれているのか」
「なんの心配だ。いい歳した男が慎んだらどうだって言ってんだよ」

いい歳は余計だが、それで色気があると言われるのは喜ぶべきところなのか。いずれにしろ気にかけられることに関しては悪い気はしない。
が、俺は再びファスナーを胸当てのすぐ上まで下ろして元に戻した。

「こっちのほうがかっこいいだろう」

と本当のことを言ってやればダンテはじとりと俺を見て「ああそう」と素っ気無い返事を寄越す。
人の言うことを聞かないのはお互い様でよく分かっている。諦めたダンテがテーブルの上に置いてあるカップを手にとって珈琲を啜る様子を眺めながら、俺はふと思った。

「…さっきの、新婚みたいだな」

ブフッ!
ダンテが珈琲を吹き出したようだが気にしない。

「いや、同棲中の…」
「あほか!さっさと行け!」

俺の言葉を遮ってダンテは勢い良く立ち上がり、玄関の扉をバシバシ指差した。
思ったことをそのまま言っただけなのに一体何が気に食わないのか知らないが、こいつは大抵いつもこういう過剰な反応をするから慣れっこだ。むしろこれが面白いからもっと煽りたくなるのだがそうすると仕事前の準備運動で済まないレベルになることもしばしばである。
これ以上何か喋ったらただじゃおかないと言いたげに睨んでくるダンテに俺はハイハイと適当に返事をして扉へ向かうことにした。バイオレンスな照れ屋というのもなかなか面倒なものだ。
ご丁寧にも早く出て行けと言わんばかりに扉を開けるダンテのちくちくとした視線を感じつつ、その横を通り抜けるその前。

「ああ、忘れてた」
「あァ!?なん————」

ちゅ、と。

「行ってくる」

力強く家から叩き出され到底可愛くない言葉を背中に浴びせられながら、俺は上機嫌で仕事へ赴いたのだった。