電話

大抵いつもそこに座っているのはこの事務所の主である二代目と決まっているのだが、彼がいない時は同居人のうち誰かがいつでも電話に出られるように座っている。
そんなわけで今は初代が黒檀の机の前に腰をすえてのびのびとしていた。いつもより堂々としているように見えるのは、いつもつつかれているアレがいないからだろうか。

アレ、もとい二代目が依頼を受けて出て行ってから早四日。わざわざ大将が出向いただけあってそれなりにデカイ山なのかそれとも単に場所が遠いだけなのか、いずれにしろ別に珍しいわけでもないからこれといって気にすることもない。二代目クラスともなると魔帝の一匹や二匹出てきたところでさっくり倒しちまうんだろーし。
が、ポップコーン頬張りつつ俺はふと思った。そうは言っても実際のところよく分からないな、と。そもそも二代目が強いって具体的にどれくらいのもんなのか。

「なあ、二代目って滅茶苦茶強いんだろ?」

言った俺ですら苦笑したくなるようなそのまんますぎる質問は案の定、軽やかに鼻歌を歌っていた初代の反応を数秒遅らせた。

「…そりゃ強いんじゃねえの」
「どのくらい?思えば俺よく知らないんだよなー」

すると初代も宙を見つめて考え出した。
魔帝を倒した初代の上に四代目がいて、その更に上に君臨する二代目。彼の本気の力を見たことがあるのはそれで葬られた一握りの悪魔のみである。

「まあ…伝説3つくらい作れるくらいじゃねえの」
「なんだそりゃ」

苦し紛れな初代の答えは結局想像出来ないレベルだろうということだ。いずれにしろ二代目がいりゃ人界は安泰ってわけか?
二代目だけじゃなく「最強」デビルハンターが他三名いるんだから悪魔もそのうち絶滅危惧種かもしれないが。
と俺が身も蓋もない結論を導き出したところでジリリと電話が鳴った。

「デビルメイクライ…あん?なんだよあんたか。どうした何か問題でも…」

電話に出た初代がちらりと俺を見て肩を竦めてみせる。
反応から察するに依頼ではなく知り合い、というか二代目か四代目だろう。それも初代の「あんた」はほぼ二代目のことだからきっと噂のカレだ。
出先から電話を寄越すなんて二代目じゃなくても珍しい。人手が足りないとか何か急を要する事態でもあったのだろうか。

「…はぁ?…ああ、そう。ああ。……!………。」

ほんの短い応酬でガチャリ、と受話器を置いた体勢のまま初代が静止した。

「誰?二代目?」

ああ、と返事をしてまた何か考え込むように受話器を睨んでいる。

「で、なんだって?なんかあったのか?」
「…いや。今から帰るっつって…」
「は?それだけ?」
「いや…あ、いや。ああ」

どっちなんだよと言いたくなるような煮え切らない返事をするから、俺はジッと視線で促した。
すると初代はちらりと俺を見て、心底不思議そうな顔で首を傾げる。

「や、なんか声が聞きたかっただけだとかなんとか…」

うわあ…
俺はつい声に出して呆れてしまった。
出張先から掛けてきた新婚の旦那さんか?普段あんだけベタベタしてたら数日離れただけで電話したくなるんだろうか。二代目って意外と甘…いやいや待てちょっとそれは思い浮かべたくない。
けれどもその奥さん————と言ったらブッ殺されるだろうが————初代はしきりに首を捻って訝しげな表情をしている。

「なんだよ初代。まだ他に何かあんのかよ」
「は?イヤだっておかしいだろ!?いきなり掛けてきてただ声がどうとか。あっちで何かあったとか…」

うわあ。鈍いな、分かってないのか。
心配してあげるのもいいだろうが、さっき最強二代目万歳って喋ってたばかりじゃねーか。それに俺にはあの飄々とした二代目がふと公衆電話見つけて仕事終わったしちょっと掛けてみよっかなーと受話器をとる姿が目に浮かんだ。もともと気まぐれが服着て歩いてるようなアレだから初代にも分かりそうなもんだが、深い仲だと深読みしてしまうものなんだろうか。ってそれ惚気かよ。どちらにしろ惚気だけど。

「いや、本当にただ初代の声聞きたかっただけだと思うぜ…」
「………。」
「だってほんとにそれだけだったんだろ」
「………。」
「ああ、アイラブユー?」
「うるせえ知るか」

図星かよ。俺はポップコーン投げつけてやりたくなった。
どこからどう見てもただの恋人同士の電話じゃねえか聞いて損したああマジ損した。いっそ俺が出て「いませんけどお?」って言えばよかったバーカバーカさっさと食われればいいのに。

と言ったら撃たれた。
あんな大人にはなりたくない。