兄と弟たち
実際そういう事実があることも知っていたし、片鱗くらいは見たこともある。しかし興味がないことはとことん眼中から追い出すバージルをもってしても、それはあまりに目に余りすぎた。
「…貴様ら、よくあんなのと一緒に住めるな」
眉間に皺を寄せて言葉を紡ぐバージルの視線の先には、「あんなの」呼ばわりされた一組のカップル。机の上に仲良く揃って腰掛け、珈琲を啜りつつ談笑している二代目と初代のことである。
明らかにただならぬ関係と分かるほど密着した二人の間には隙間がなく、それどころか初代の腰には二代目の手が回されている始末。何やら喋っているのは主に初代だが、時折二代目の口が短く動けばまた初代が喋るなり笑うなりツッコむなりして、そしてまた二代目が…と延々二人の世界で完結していた。
「いつもああだぜ?」
「尚更御免だ」
向かい側に座り珈琲にがばがば砂糖を投入している三代目こと双子の弟を呆れた目で見つつ、バージルは一言で切り捨てた。ついでにお前は砂糖食ってろ珈琲の無駄遣いだと付け足しておく。
「まあ、ニオイみたいなもんだ」
三代目の隣で四代目がのんびりとした口調で言った。こっちはこっちでがばがばとミルクを注いでおり最早珈琲らしい色は見受けられない。
「どんなにクサくてもその中にいてずっと嗅いでりゃ慣れて感じなくなるだろ?あれと一緒さ」
「四代目それ…合ってる」
「だろ?」
得意げに無精髭を撫でる未来の弟にバージルは無神経が四人集まっただけじゃないのかと言いたくなったが、言うのも面倒なのでやめた。
異世界の存在とはいえ馬鹿でしょうがないと思っている愚弟が三人増えたどころか、そのうち二人が恋人同士に…などという世にもおぞましい光景を目の当たりにする兄の心情など分かるまい。むしろ双児の兄などという事実はなかったことにしたいと常々バージルは思っている。
その弟のほうにしても自分と自分がどうこうしている状況を一番おかしいと感じるべき当事者なのだが、すんなり受け入れているように見えるのは四代目の言った慣れであるのか、それとも単なる諦めなのだろうか。昔から自分含め周りに対し妙に達観しているフシはあったが、それにしてもこの適応能力はバージルにとって到底理解し難いものであった。
そんな年下の兄をよそに檀上の二人は相変わらず続行中である。心なしか先ほどより顔の距離が近くなっているような気がして、今にも何かおっ始めるんじゃないかと思わせるそれにバージルはぞわりと寒気を感じて席を立った。
もともと何か用があったわけではない。たまには顔出せと半ば脅迫めいた勢いで強引に四代目に連れてこられただけで、顔は出したからもうあちらの目的は果たされたはずだ。
何事かと視線を寄越す弟たちを一瞥し、邪魔したなと短く言って踵を返す…返そうとした。
「バージル」
素早く、しかし静かに呼び止められてつい足を止める。声の主は最年長のダンテ、二代目だ。
初代とイチャついていてこちらのことなど全く見ていない様子だったのに、その実この男はまるで監視カメラのように周囲をよく見ている。
「折角来たのにそう急ぐこともないだろう。ストロベリーサンデーでも食べていけ」
お前は田舎の親戚のおじさんか、と言いたくなる文句だ。どうも未来の弟達は何かとバージルを有り難がって可愛がろうとするようだが、当のバージルはまかり間違っても好んでこの4人に東西南北囲まれようとは思わない。
「俺は貴様らと違って甘いものは好まん」
「またまたぁ」
「オニーチャンはすぐそうやってツンツンするんだからぁ」
「どうせ双子なんだからモトは大して変わらないくせにぃ」
堰を切ったようにやんややんやと囃し立てる弟どもに青筋を立てて睨み付けてやるが効果はなし。これだから普段ここへは来ないというのに。
一本ずつ幻影剣で刺してやろうかと思ったところへ、いつの間に来ていたのか二代目がバージルの目の前に現れ、食えと言わんばかりに無言でストロベリーサンデーを差し出してくる。
何とも言えない威圧感と迫力でぐいぐいと押し付けられてバージルは仕方なく座り直すことになった。他のダンテと違い口数が少なくあまり表情も変えない二代目はどうも読めないのだ。大人しく従いやれやれと前を見ればニヤニヤしている実弟と髭面がいて、一体何の罰ゲームかとげんなりした。
「あれ、あんたのだろ?いいのかよ」
バージルの前のストロベリーサンデーを指して初代が問うも、二代目は短くああと返して微笑むだけ。
大好物のそれを巡って喧嘩に発展することもあるというのに、それなりに成長したのかと親子ほど歳の離れてしまった弟をやや複雑な目で見ながら、バージルは銀色のスプーンを手に取った。
一人が食べ始めてすぐに我も我もと続いたおやつタイム。
ひとつのサンデーに、スプーンがふたつ。
初代の分と思われる甘いそれを二人で食べている様子に兄は頭を抱えたくなった。
「…スプーンひとつで食ってるよりマシだって」
心中察したのか四代目がぽつりと呟くが、流石にこちらもやや呆れ顔である。あの二人と一番長く時間を共有している三代目はやはりいつもの事だと平気な顔をしていた。
初代もそうだと言えばそうだが、殊更二代目にはああいうことに無縁な印象を持っていたバージルは意外に思う。
けれどもふと目が合ったその男は僅かにニヤリと笑ってみせた。
彼が始めからこれを見越していたのかどうかは知るところではないが、二代目の新たな一面を見た気がする…ものの全く嬉しくない。むしろ、どうでもいい。勝手にやっていろ。
みんなのお兄ちゃんがこの環境に慣れるのも時間の問題のようだ。