悪夢か、それとも

「うわあーーー!」

自分でもどうやって出しているのか不明な絶叫を上げて俺は跳び起きた。
朝日がキラキラと眩しく差し込む一室。
しかし俺の目はそんなさわやかな光ではなく自分の脳内に向いていた。
なんだ、あれ。
夢だ、夢。わかってる。
急激に汗が引いて、何も着ていない上半身が冷えていく。俺はぶるりと身を震わせた。

親しい者が夢に出て来るなんて珍しくもなんともない。
あの澄まし顔した年長の「ダンテ」が俺の夢に出て来たのは、別に構うところじゃない。
しかし、内容が内容すぎた。
誰だ夢の中でR指定なんてふざけたこと言った奴は。

確かに俺とあれは、男同士だが、まあ、なんだ…好き合っていると言うべきか、そうなんだが。
あいつが今以上の関係を望んでるのもわかってるし俺も言いやしないがいつかそうなるんだろうなと思ってはいる。
だからって…いや、だからこそ、生々しい夢だった。
大体俺の夢のくせになんで俺がやられ役なんだ。逆なら良かったとかいう問題じゃ全然なくて、そんな夢を見てしまった自分が嫌だ。
ああ、なんとなくムズムズする。どこがとは言わないが。

「…まいった……」
「どうした?すごい声がしたが」

いきなり扉の外からその張本人に声をかけられ、俺は短い悲鳴を飲み込んだ。
夢の中とまったく同じ声に、さっきのイカガワシイ光景と感覚が蘇…ええい、思い出すな俺!

「なっなんでもねえ!」

俺は思わず勢いよく叫んでしまった。挙動不審丸出し、何かありましたと言ってるようなもんだ。
案の定あいつは扉を開けてひょいと顔を覗かせた。
本当は潜り込んでしまいたかったがますます怪しいだけだから、俺は努めて平静を装いその場に鎮座する。
何も知らずに眉を顰めて歩いてくる彼の碧い目とばっちりかち合って、さっきの…ってだから思い出すな!なんで俺ひとりでこんな焦ってるんだ俺ただの夢だろ夢!

「…大丈夫か?」
「ああ、平気だ。ちょっと悪い夢を見ただけで」
「熱があるのか?顔が赤いぞ」

頼むから放っておいてくれとラリアットの一つもかましてやりたくなったが八つ当たり以外の何物でもないので、俺は近づくなオーラを出しながら黙り込んだ。
皮肉なことにそんなアンニュイな影がサマになっちまう男ダンテ、ますます相手を引き寄せる。イイ男でいるのも楽じゃない。
とかなんとか言ってる場合ではなく、おそろしいことにあいつが俺の頬に触れようとしてきたもんだから俺は咄嗟にびくりと身を引いた。それがいけなかった。
見るからに様子のおかしい俺を純粋に心配してくれている彼は、諦めずに手を伸ばして俺の頬を掌で包むように触れて覗き込んでくる。
夢でされたのと同じだ。
…ぞわ。

「だからなんでもねえって!」

俺はつい手加減を忘れてヤツを突き飛ばした。
警戒心ゼロのあいつは意外と軽かった…じゃない!なにやら鈍い音にハッとするも時すでに遅し。
そこにはテレビドラマでよく見る殺人現場が出来上がっていた。

結局俺は昏倒から覚めた彼に平謝り、訳もわからずブッ飛ばされた本人は当然だろうムッツリしていたがなんとか機嫌を戻してくれた。
理由はそれとなく誤魔化して言わなかったが、特に深く訊かれることもなかった。
が、超能力者並に勘の鋭いあいつには何かしら察せられたかもしれない。
落ち着いたら降りて来い、と言い残し出て行った彼の碧眼が少し面白そうな色を浮かべた気がする。

どうやら俺は演技力を身につける必要がある、と強く思ったのだった…。