帰るところ

何か物音がした気がして俺は目を覚ました。
俺の足元、つまり扉のほうで人の気配と、布の擦れるような微かな音。
意識すら追い付かない一瞬の思考のうちにそれが悪魔でもなくましてや強盗でもない、と確信した俺は、十中八九そうであろう彼に向かって声をかけた。

「帰ったのか…?」
「…ああ。ただいま」

案の定聞き慣れた声に安心するも、疲れているのかその声はいつもより精彩を欠いているように感じた。
声の主、ダンテはもぞもぞと俺のベッドに潜り込んできて、向かい合うように並んではあと一息つく。

「どうした…?」

そう聞いたのは特におかしなことではなくて、ただ彼が自分の部屋ではなく寝ている俺の部屋に来たから何だろうと何気なく思っただけだ。
けれどもダンテは僅かに眉を上げて俺を見つめた。的外れなことを言われた反応というより、その逆だろう。
こいつは周囲が思っているほど無表情ではない…いや、むしろ乏しいからこそ時々のほんの少しの変化で表情がわかる。毎日嫌でも顔を突き合わせているなら尚更だ。
しかしそれも気付くか気付かないかくらいのほんの一瞬のことで、瞬きの間に消えてしまった。

「…顔が見たかっただけだが?」

いつもの調子でぬけぬけと言うから俺もいつものようにフンと鼻をならしてあしらう。
依頼先で何かあったのか、なかったのか知らないが、こいつがないと言うなら別に知りたいとも思わない。気を遣っているんじゃなくて、俺が知る必要はないことなんだろうから。
ただこいつが俺に隣にいてほしいと願うなら、そうすることでこいつの何かが癒されるなら、俺はそばにいてやればいいんだと思うし、そうしたいと思う。
なんて、わざわざ言うつもりもないが。

「…お前がいてよかった」

目を閉じたダンテが独り言のように呟いたそれには敢えて触れずに、そのかわり少しだけ彼に触れながら俺も眠りについた。