調子どう?

寝苦しさに魘(うな)されて初代は目を覚ました。
ひどく悪い夢を見ていた気がしたが、目を開けた途端にそれは拡散してしまった。
経験から言ってどうせろくなもんじゃないし大方予想はつき、初代は大きく息を吐く。

仇を取って以来母の悪夢は減っていたが、代わりにもうひとつ別の傷ができた。
深く刻まれたその傷は初代にとってまだまだ新しく、この世界へ来て平穏に過ごす日々にも忘れるなと戒めるかのように時折夢に現れる。
忘れる気など更々ないが、それを憎むでもなく抗うでもなくただ無防備に抉られることが己の身に科した罰でもあった。

肌に張り付く汗を少し不快に思いながら初代はぼんやりと暗い天井を見上げる。
半魔とて睡眠は必要だし瞼も重いが、このまま再び眠るのもあまり気が進まない。
とりあえず冷たい水でも飲もうと重い体を起き上がらせた。

下へ降りてみると、夜明けすら近い時間に係わらず事務所の明かりが煌々と点いている。
昼間は最年長が陣取る黒檀の机の前に座り愛銃をバラしていた最年少が、降りてきた初代に気づいて顔を向けた。

「…おはよー?」
「じゃねえ。夜勤とは随分勤勉だな」
「ちょっと一暴れしてきたら眠れなくなった」

初代はペットボトルの水を口に含みながらソファにどかっと腰を下ろす。
三代目の言う一暴れ、要するに毎度お馴染み命がけの兄弟喧嘩をしてきたのだろう。
さっきの夢と偶然なのか知らないが、俺もいつまでも同じことしてんな、と内心自嘲しながら初代は視線を宙に彷徨わせた。

「…で、どうだった」
「どうでもない」
「なんだよ負け続きか」
「ちげーよ!五分だ五分!」
「勝ってないなら同じだろ」
「うるせえな、公正平等な師匠のお陰だよ」

若いダンテは口を尖らせて不満げに言う。
三代目によく剣を教えているのは初代だが、同時に兄バージルの「師匠」でもあることを三代目が知ったのはつい最近だった。
道理で腕が上がっても一向に勝負がつかないわけだと当の本人も納得した反面、裏切りだ二股だと騒いでみたが実は二代目もとっくに既知で、知らぬは三代目ばかりという事態。別に隠していたわけではないと言われてもやはり謀られたような気がするのも無理はない。
そもそもプライドの高いあの兄がよくもまあ未来の「愚弟」に教えを請う気になったものだと三代目にとってはそっちのほうが驚きだが、父親を追い力を全てとするバージルの価値観を考えると、宿敵を破りかつてのスパーダの姿を持つ初代を前にした彼の反応は想像に難くない。ああ見えて俺より単純だからな、と弟は溜息をつくしかなかった。どうせあの兄のことだからいつか全員超えてやるとか思っているのだろう。
結局兄弟の力は拮抗して凌ぎ合いのようになり、とは言えそれはそれで面白いから三代目も口では文句を言いつつそれなりに楽しんでいた。

こくりと水を喉に流し込んだ初代は三代目に視線を向ける。

「あれがまた変な気起こさないようにちゃんと見てろよ?お前の兄貴なんだ、俺も2も手は貸さないからな」
「…わかってるよ」

付け上がらせておいてよく言うぜ、と言いたかったが、からかうような口調と裏腹な初代の真剣な目を認めて、三代目は大人しく承知した。
初代や他のダンテの兄、つまり異世界における未来のバージルがどうなったかは三代目も知っている。詳しく語られることは無かったが、事実を知っていれば十分だと三代目も深くは追求しなかった。表には出さなくても彼らがそれに苦しみ己を責めていることは分かるし、現れた年下の兄への複雑な心境を理解できないほど子供でもない。

素直な返事によしよしと満足そうに頷いた初代はぐいっともう一口水を飲んで立ち上がる。
そこにはさっきまでの重たげな空気はなく三代目は少し安堵するも、なんとなく黙り込んで机上に視線を落とした。
他のダンテのものと比べて傷が少なく新しさすら感じさせる双子銃が部品となりながらも鋭く光を放って三代目を見つめ返す。
一方の初代は大きな欠伸をしながら24時間営業は電気代の無駄だと思うぞ、と三代目の頭を通りすがりに軽く小突いて、再び部屋へ戻っていこうと歩き出した。

「あっ、なあ!」

階段に足をかけたところで呼び止められ、初代は振り返る。
思わず声をかけてしまった三代目は一瞬迷った後、少し躊躇いがちに切り出した。

「あ…いや。初代はさ、今、なんつーか…幸せなんだよな?」

思わぬ質問に刹那の沈黙をおいて、初代の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「知ってるだろ?」

遠まわしな惚気を言い残して部屋を後にする初代の背を見送りながら、それはよかったわーと棒読み丸出しで呟く三代目の声が響いた。

あれもそれなりに人の心配することを覚えたか、などと思いながら初代は階段を上る。
汗はすっかり引いて、奪われた体温が少し冷たいくらいだ。
さっきまでいた自分の部屋を通り過ぎ、ノックもなしに隣の扉を開けて入る。

静かに眠る二代目の横に勝手に潜り込めば、寝ているのか起きているのか自然と回されてくる腕。
その暖かさに眠気を誘われて初代は目を閉じた。