それはほんの些細な -初代編-
「どっちが勝つか賭けようか」
視線をビリヤード台から離さないまま、俺は斜め後ろに座る奴に持ちかけた。
一見いつも興味なさげに距離をおいているように見えるが、その実ちゃんと返事は返ってくる。
「…何を賭ける?」
「昼飯はあいつらだから、夕飯か?」
「ふむ…」
あまり気のない返事をしながら、奴は席を立つ。
「不満か?」
問えば、俺の右隣に同じように腰掛けて、少し考える素振り。
「そうだな…」
そう言いながらおもむろに俺の肩に手を回してきた。
なんだよ、と顔を向ければ、思っていたよりもアップで奴の顔が映る。
反射的に少し離れようとするも、肩に回された手がそれを阻んで叶わない。
おいおい、近いって。
俺が言うより早く、あろうことかもう一方の手を頬に添えてきた。
「お、い」
少し慌てる俺とは対照的に、奴は無言のまま息がかかりそうなくらい近い距離でじっと見つめてくる。だけ。
なんだ、何がしたいんだこいつは。
しかしその瞳に射竦められて、まるで時が止まったかのように俺は視線を逸らせずに、
……
…時が止まった?
はっ、とある事に気づいて、慌てて視線を奴から引き剥がした。
すると思ったとおり、いつの間にか休戦した3と4がビリヤード台にもたれ掛かりながらこちらを見ていた。しかも揃ってムカつく顔で。
なんなんだその思いっきり観察に専念した体勢は。勝負はどうした。
俺は努めて冷静を装いつつ、「何にやにやしてんだよ」とギャラリー然とした二人を睨み付ける。
「熱いねえ」
「二代目って涼しい顔して意外と押す方なんだよな」
「そりゃお前、男は攻めなきゃ面白くないだろ?」
「それは分かるけどさ。でもガッとはいかねえじゃん」
「あー、それは」
「作戦?」
「そうだな。相手によって戦法は変えるもんだ」
「いやどう見ても勝負ついてるけど」
「…まあ、そのほうが楽しいんだろ」
「つまり性癖か」
「だな」
「ねちっこいな」
「Sだからな」
外野がワイワイ騒ぐが、言われてる当の本人は沈黙を保っているもんだから俺が居たたまれなくなる。
無口であまり動かないこいつの所為で、矢面に立たされるのはいつも俺だ。
別に放っておけばいいのだが、いかんせん言われっぱなしは性に合わないのだからしょうがない。
…あいつらの言ってることがあながち間違ってないこともまた悔しい。
まったく、他人事だと思って好き勝手言ってくれる。
「ふざけたこと言ってないでさっさと勝負つけろよ、腹減ってんだ。おい3お前また負けんのか?」
さりげなくまだ頬に添えられたままだった奴の手を剥がしながら、俺はその場をまとめにかかる。
「う、うるせーな!最後までわかんねえだろ!俺の運の強さを知らねえのか!」
「おう、そう来なきゃ面白くないよな」
そうして試合が再開されるのを見届けて、上手く誘導に成功した俺は内心ほっと一息つく。
ちらりと隣を見ると、奴は穏やかに目を細めながら面白そうにその様子を眺めていた。
無愛想というわけでもないはずだがそんな表情は珍しいから、ついまじまじと見てしまう。
そういえば不敵な笑みばっかり向けられているような気がするな…と思うと、遊ばれているようでなんとなく腹が立った。なんで俺にはいつもああなんだ。
まあ今はその幸せそうな顔に免じて、肩に回されたままのこの手は許してやるか。
…ん?
不意に振り向いた彼と音もなく交わされたキスは、幸い他の二人には気づかれなかった。