Sweet Dreams
うなされている、というほどではないが、ソファに身体を沈めている彼は時折険しく顔を顰めては頻繁に寝返りを打つ。もがいているのか何かに耐えているのか、それとも誰かと喧嘩でもしているのか、いずれにしろ楽しい夢ではなさそうだ。
起こしてやるべきか。もし性質の悪い夢に苦しんでいるのであれば今すぐに揺すり起こして抱きしめてやりたい気持ちで山々なのだが、しかし彼にはバツの悪い思いをさせるだろう。寝ているのをいいことに無遠慮に目をやりながら手元の雑誌を優柔不断にめくっては戻しを繰り返しているうちに、彼は自分の漏らした呻き声で覚醒したらしかった。身じろぎをした後むくりと身を起こし、軽く頭を振って、クソ、と悪態をつく。やはり甘い夢ではなかったらしい。
「添い寝してやろうか」
我ながら白々しく声をかけると、自分以外の存在に今気づいたらしいダンテは顔を上げて現実を確認しているかのようにしばしの間俺を眺めていた。その間といったら、記憶が飛んだかと心配するほどだ。
「…夢から醒めたらあんたがいるってのも、変な話だよな」
ようやく俺を思い出してくれたのかやけに神妙な顔をして言う。まあ確かにおかしな現実ではある。どちらかと言えば彼のほうがこの世界では夢幻のような存在なのだが。
「悪い夢と一緒にしないでくれ」
俺が言い返すと、ダンテはすっかりいつもの調子でひょいと肩を竦めて見せた。
「いや、悪夢というより…」
「というより?」
「…なんだろうな。まあ悪い話じゃないさ」
それでもどこか先ほどまでの幻を追うようにふと視線を宙に漂わせてぼんやりするのを、俺は歯がゆく思った。理由は自分でもよく分からない。嫉妬、と言ったらあまりに馬鹿らしくて笑われるだろう。しかしどんなに強くなって悪魔を蹴散らす力をつけようとも、夢の中へ彼を救いに行くことはできないのだ。
小さく身震いをしたダンテは曖昧な欠伸をしながら、おやふみ、と言い残して二階の寝室へ階段を上って行く。俺はというとなんだか急に興味がなくなった雑誌を閉じ、椅子に背を預けて、無人になったソファをぼんやりと見ていた。
「さっきの、本当か?」
不意に降ってきた声の方を仰ぎ見れば、ダンテが階段の途中で足を止めて見下ろしている。目を瞬かせながら「さっきの」を思い返している俺に、彼は少しぶっきらぼうに
「添い寝」
と付け足した。
「…もちろん」
俺の答えを聞くや否やダンテはプイと先に行ってしまう。それを追って俺も席を立ち、急がぬふりをして階段を踏む間、自然と顔が緩む。気づけば…と言ってももう大分前からだが、変化に乏しかった俺の感情はいつしか彼を中心に動いていた。時には穏やかに、時には激しく俺の目や耳や意識は彼に向かい、揺らされ、そして彼も控え目ながらこうして反響させてくれる。俺は彼を愛していた。
「俺が寝るまででいいからな」
寝室に入り、先にベッドに潜っていたダンテの隣へ身体を滑り込ませる俺に彼は照れ隠しだろう、目を瞑ったまま言う。俺がなんと答えるか分かりきっているくせに、強がりを言わずにはいられないのだ。とはいえ俺もそれを楽しみにしている節はあり、だからこっちも彼の期待通りに答える。遠慮するな、と。
「朝に一人で目を覚ますのは、寂しいだろう」
自分でも意外なほどするりと繋いだ俺の言葉にダンテは少しだけ俺を見て、また目を閉じた。頷くでも首を振るでもなく、しっかりと目を閉じて、俺のほうへ身を寄せる。いつもなら抱きしめるところだが、俺は彼の手を握った。そうやって寝たら何か伝わるんじゃないかと、遠い子供の頃に思っていた気がする。
俺は幸せな夢など見なくていい。ただできるなら、彼の幸せな夢の中に俺がいてくれればと願う。
おやすみ、良い夢を。