口は災いのもと?(1)

ソファの端に陣取って幾何か。左側に寄せたサイドテーブルの上にはバラされた愛銃の部品が、鈍い光を放ちながら己のメンテナンスを待っていた。
商売道具であり、親しかった人間の形見でもあり、自分の命を守る相棒でもあるそれに意識を集中させて丹念に労っ…てやりたいのに、どうしても気が散ってしまう。

「…狭いんだけど。」

その右側にぴたりと身体を寄せて座る二代目に、集中力を切らした初代が文句を口にした。
銃のメンテナンスを始めた頃、二階から降りてきた彼が珍しく黒檀の机の前ではなくソファに座ってきたかと思えばこの状態。

「そっち、十分空いてるだろが」

座ってもらえないソファの右半分を目で指して移動を促した。
いい歳した大きな男二人がソファの端に密集している画は非常にシュールだというのに、二代目はまじまじと初代の顔を見つめながらシレッとして言う。

「いや、いい」

いい、じゃねーよこっちがよくねーよと言いたいところだが、彼はいつもこの調子でまともに会話してくれないし従ってくれた試しもないので諦めて閉口した。
ハァと息をついて、メンテナンスを再開する。

密着どころか腰に手が回っているが、普段からスキンシップを欠かさない二代目は自分の手の届く範囲に初代が居れば大抵どこかしら触れてくるから初代も慣れていて、別に何か不穏な雰囲気でもない限りは割と好きにさせていた。そうそう嫌でもないらしい。
以前に初代が買ってあげたシャツを着て晒された素手の温度を感じながら、そういえばこいつ何しに来たんだ?と思えば、今度は痛いほど注がれているその視線が気になりだした。
いつもつまらなそうに読んでいる雑誌は持ってないし、何か食べてるわけでもない、初代のように武器のメンテナンスをしているわけでもない。ただ視線を感じる。最初は集中していたから気づかなかったが、ひょっとしたらずっとこうだったのか?
ふいと顔を向ければ案の定バッチリと目が合った。

「…何だよ?」
「何が」
「視線を感じるんだよ」
「そりゃ、見てるからな」
「だから何だよ」
「気にするな」
「気になるだろ」

例の如く無駄だろうなと内心思いながらも問答を繰り返す。もともとお喋りであるダンテは平行線の会話でも面倒と思うことはなかった。歳を重ねた二代目は随分口数が減ったようだが、彼もその本質は変わっていないようだ。
二代目はしばし初代の顔を眺めたあと、

「じゃあ、キスしていいか?」

じゃあって何だよ、仕方なくかよ、とツッコミたいがそこは後回し。

「………あんた何言ってんだ」
「お前はいつも質問ばかりだな」
「あんたが訳分からないことばっかり言うからだろ」
「だから、キs」
「二度も言うんじゃねえ!そうじゃなくて」
「ん?」
「いつも強引で俺の言うことなんて聞く耳持たないくせに、何なんだ」
「だからたまにはと思って訊いてやったんだろう」
「なんだよその上から目線は!」
「悪かった、そう怒るな。強引にされるのが好きだったか」
「言ってねえよ黙れよ」
「そもそも俺はお前の意思に反することはしたことないだろう。お前が口で何と言ってるかはともかく」
「んな!てめっ…それを言ってんだろ!」

ふざけんなこの自己中とか喚きながら頭に血を上らせている初代の不平不満を聞き流し、二代目は彼の腰を少し引き寄せる一方空いているほうの手で頬を撫で顎をクイと向かせると、ブツブツ文句を垂れていた口はぷつりと閉ざされていつものしかめっ面がまっすぐ睨んできた。
そんなに眉間に皺を寄せてばっかりいると怖がられるぞ、まあその強い目が好きなんだがな。昔の俺こんな顔だったか。二代目は無言のまましみじみとその可愛いとは言えない、野性的ですらある男の顔を眺める。

「……おい…」

それからしばらく、一向に動かない時間に痺れを切らしたのか、初代が口を開いた。
わずかに動いたその唇を指で撫ぜながら、二代目は視線でその続きを待つ。

「…何もしないんなら、離せよ」

彼らしい言い様に、どこか安堵する。
若干…いや大分捻くれている初代はこういう時に肯定の言葉を返すことはあまりなく、かといって拒否することも殆どない。それは彼なりの肯定の意味なのだが、それをからかうと反抗されて本当に拒否されるので言わないでおく。アンタなら解るだろうという、無意識のその甘えが嬉しいのだから。
何より、ただ添えられただけの、いつでも払える手を振り切ることをしないその行動が全てを物語っている。

ちゃんとお許しを貰った二代目は微笑を漏らすと、いつもよりゆっくりと、素直な言葉を吐かないその唇を存分に独占した。

しまった…。
初代は臍を噛む。
ここぞとばかりの熱烈な接吻から解放され、元の作業に戻ったはいいものの。
二人の位置は相変わらずなのに、今度は先程より熱を持った視線に悩まされることになってしまった。
腰に回されている手が、心なしか不穏な雰囲気を纏い始めている気がする。
このメンテナンスが終わる前に頼むから電話なり客なり悪魔でもいいから来てくれないかと、初代は切に願わずにはいられなかった。