レッスン

 カチ。
 カチ、カチカチ。
「……」
 何度ボタンを押しても沈黙を続けるジュークボックスを見下ろし、トリッシュは無言で拳を振り上げる。
「おい待て待て、お前がやると真っ二つになっちまう」
 慌てて滑り込んできたダンテが自らの手でジュークボックスの横っ面を叩いた。他人を制止した割にはちっとも優しくない打撃音が響いたが、ビンテージの機械は目が覚めたように動き出す。
「手加減くらいできるわよ」
 むくれるトリッシュをダンテはまあまあと宥めた。元の破壊力を考えるとその手加減もあやしいから、とは勿論口に出さないが。
 ジュークボックスからはノリのいい音楽が流れてくる。ダンテはふと思いついて、少しばかり臍を曲げた彼女のご機嫌を取るべく手を差し伸べた。
「…何?」
「ダンスナンバーだ」
 予期せぬ展開にトリッシュは戸惑いの表情を浮かべる。
「ダンスなんて、踊ったことない」
「じゃ、大人の嗜みとして練習しようぜ」
「嗜み?あなたが?」
「うるせえなあ」
 ここぞとばかりに揶揄いにくる彼女を強引に引っ張って、お世辞にも紳士的とは言えないリードで足を踏み出した。実際のところダンスの嗜みなどあるわけがない。思いつくままに右へ左へ、もしくは上へ下へ。時には障害物をも越える。
「ちょっとダンテ、ほんとにこんなダンスがあるの?」
 ダンテの肩に乗せられたトリッシュは楽しそうに笑っていた。彼が動くと同時にするりと身を翻して着地する。
「筋がいいな、息ぴったりだ」
 受け止めるダンテの声も弾んだ。それはさながら、二人でする普段の仕事――悪魔と「踊る」時の立ち回りと変わることなく、自然と身体が動く。
 が、曲がクライマックスを迎えたその時、トリッシュがダンテの足を踏んだ。
「いっ!」
「あら?ごめんなさい。初めてだから」
 トリッシュはとぼけた調子で言う。首を傾げてぶりっ子ぶってもいる。
「…わざとだな?」
「たまには隙があったほうがいいかと思って」
 ほら私ってなんでもできちゃうから、などと宣う彼女にダンテも対抗してあからさまに乾いた笑いを返した。
「ああ、へえ、柄にもねえな。こいつも固まってるぜ」
 視線の先には、いつの間にか妙な音を立てながら止まっているジュークボックス。
 なんでもできるというなら見せてもらうか。ダンテは視線で彼女を促した。これで真っ二つに壊れてしまったらそれはしょうがない。
 ついに任されたジュークボックスを前にして、トリッシュはグーにするかパーにするか暫し迷い――
 げしっ。
 蹴った。
 まるで彼女に叱られた時のダンテのように、ジュークボックスは素直にレコードを収めて大人しくなる。トリッシュは得意げにそれを撫でた。
「どう?」
「…最高」
 毒気を抜かれたダンテをよそにトリッシュは別のボタンを押す。すんなりとレコードがセットされ、流れ始めたのはさっきとは打って変わってスローテンポのバラードだ。
「じゃあもう一曲教えてくれる、先生?」
 今度は彼女のほうから、手を差し出した。
「こういう曲は得意じゃないんだが」
 言いながらもダンテはその手を取り、力強く彼女を抱き寄せる。
 蹴られて調子が良くなったのか音楽は最後まで途切れることなく二人の身体を離さなかった。持ち主に似てるわねと笑われ、否定できないことが悔しくないこともなかったが、親近感が湧いたその機械を今度からは少し優しく扱ってやろうとダンテは思った。

(2020.06.26)