光と影

 月は人を狂わせる。
 昔から根拠なく言われているが、少なくとも月が満ちるにつれて魔の力が増すことは事実であることをダンテは知っていた。否、知っていたというより半分悪魔の血が流れる彼にとっては物心ついた時から当たり前に『そうだった』。
 悪魔たちが沸き立つ満月には何かが起こる。大物はそうそうお目にかからないものの、たとえ雑魚だけでも数が多く威勢もいい。今夜のように。
「…トリッシュ」
 いつにも増して無慈悲な饗宴が終わってほどなく、一転した静寂の中ふと立ち尽くしている相棒に気づいてダンテはその名を呼んだ。彼女もまた先程まで高揚する血のままに身を躍らせていたが、その派手な立ち回りと裏腹に口数が少ないとは思っていた。ダンテの声も届いていないらしく返事はない。
 かつての同胞たちの亡骸が足元に転がる中、佇む彼女の視線は空にあった。
 今夜は月が近く大きい。その強い光は闇と同じ色の服を纏う白い肌をより一層浮き立たせ、美しくも彫刻のような冷たさを感じさせる。太陽を思わせる髪の色すら今は彩を失くし凍っていた。
 トリッシュ。二度目の呼びかけにようやく振り向いた彼女は、しかしすぐに再び天を仰いだ。
「私、死んだらきっと月に行くわ」
 そんな気がするの、と静かに呟く。
 唐突に思える話もこの月光の下では相応しく響くが、内容に関してはダンテは同調しかねた。
「…お前が行くのは天国だろ」
 ダンテの言葉にトリッシュはただ無言で微笑んだだけだった。どこか愁いを帯びた、まるで叶うことのない夢を語る時のようなその微笑を返されたダンテは珍しく苛立ちを覚える。
 誰かを救うために自分の命を投げ出せる奴が天国に行かなくて誰が行くんだよ。
 言いかけてダンテはやめた。ムキになるほど信心深くはないし、何より彼女がそんな言葉を望んでいるか今はまだ分からず、慰めに聞こえるのは癪だった。
 トリッシュはなおも月を見上げている。
 それは希望の光なのか、それとも抗うことのできない憧憬なのだろうか。ダンテは思うが、彼女を――彼女の心をとられたようであまり面白くなく、帰るぞと少し強く言って、いまだ二丁の銃を握ったままの彼女の手を引いた。

(2020.05.21)