幸運予報

 突然降りだした雨はみるみる勢いを増し、偶然見つけたダイナーに駆け込んだ頃には周囲の景色は降りしきる水の粒ですっかり霞んでいた。
「ひどい目に遭ったわ」
 運ばれてきた温かいコーヒーを口にしてトリッシュは一息つく。彼女はブラックを好んだ。
「いいや、すぐに避難場所が見つかったのはツイてるぜ」
 向かい側でダンテがストロベリーサンデーをつついている。イチゴの他にもピンク色のハート形クッキーが刺さっていたりカラースプレーがちりばめられていたり、なかなか愛らしい仕上がりだ。ウェイトレスがサンデーとコーヒーを逆に置いていくのはよくあることで、それを交換する一連の作業は二人にとって習慣のようなものだった。
「止まなかったらどうするのよ」
「その時は泳いで帰るしかないだろ」
 まるで他人事で呑気に大好物を頬張るダンテをトリッシュは呆れた目で見た。
「あなたはそれがあればいいのよね」
「ツイてる」
 初めて入る店でストロベリーサンデーに巡り会えたことが、という意味だ。満面の笑みで言われては諦めるしかない。
 昼でも夜でもない時間に片手で足りる客しかいなかった店は、同じく雨宿りと思われる人が次々とやってきて今ではだいぶ賑やかになった。一人の者はカウンターについてコーヒーなどを頼み、そうでない者は口々に天気の心配を交わしつつも安堵した様子で席につく。
 みんな同じね。あちこちから聞こえてくる共感すべき人々の会話を耳にしながらトリッシュは心の中で相槌を打つ。傍から見れば自分もその中の一人だと思うとなんだか可笑しくて、自然と口元に笑みが浮かんだ。
 そうして何の気なしに窓の外に顔を向ければ、いつの間にか雨は随分弱くなっている。
「…あら」
 目を瞬かせているトリッシュと同じ方向へ視線を走らせてダンテが口笛を吹いた。
 窓を伝う雫は細くなっていくどころか、次第に明るい光まで見えてくる。その金色の筋が彼女の横顔を少しずつ縁取っていった。
「幸運の女神がついてるからな」
 独り言のように呟いた言葉を遮るように、ちょうど食べ終えて空になったグラスの中でスプーンが鳴った。どちらかというと女性や子供をターゲットにしているらしいデザートの量は彼にとって十分とは言えないが、満足はしたらしい。
 雨は上がったわけではないものの、出歩けなくはない程度に衰えていた。さて、とダンテが腰を浮かせるも、トリッシュがそれを止める。
「待って。もう少しいない?私もそれ食べたい」
 実のところそうまでして食べたいわけではなかったが、ただなんとなく理由をつけた。
「今のうちに行かなくていいのか?」
 二つの意味で意外な提案を聞いて今度はダンテが目を瞬かせる。トリッシュは躊躇うことなく頷いた。
「あなたの幸運に懸けるわ」
 ぽかん、という表現がぴったりな間で2秒ほどダンテはトリッシュを見つめた後ようやく、ハ、と短く笑う。そうして大層面白そうな顔をして彼女をまじまじと眺めているのに、何か言いたそうで何も言ってこない。
「何よ?」
「いや、なんでもない。お前がそう言うなら」
 ダンテは頭を振って再び腰を下ろし、
「きっと虹が架かるぜ、相棒」
 いまだ雨の残る窓の景色を見て言う声は妙に楽しげだった。

(2020.05.02)