人は痛みを知って成長するんだ
ごん。
何か鈍い音がしたと思ってトリッシュが振り向けば、ちょうどバスルームから出たところの床にダンテが座り込んでいる。
風呂上がりのためパンツ一枚という情けない恰好だが、あの口の減らない男が悶絶している様子からしてそれに言及していいような空気ではなさそうだった。何事かとトリッシュが彼のもとへ寄ると、
「小指打った…」
彼女を見上げたその目は涙ぐんでいる。
小指をうつ、とは?
トリッシュが一瞬理解に時間を要した間にもダンテは右足の小指を押さえ込んで呻いていた。
「骨折れたかも…」
「折れるの?あなたの骨って」
「折れるよ!」
俺の骨をなんだと思ってるんだと憤るが、撃たれようが刺されようが平気な顔をしている男の骨事情など知る由もない。
とはいえそんな彼がこれほど痛がる姿を見たことがないからさすがのトリッシュも心配して見守っていたが、ひとしきり揉んだり摩ったりしてようやく痛みが落ち着いたのか、はあと息を吐いてダンテは力を抜いた。問題の小指はちゃんと正しい方向にまっすぐ生えている。
「なんだ、折れてないじゃない」
「なんだとはなんだ。お前の目はレントゲンか?」
いつもの調子が戻ってきたダンテを見て自然とトリッシュも安堵の笑みを浮かべた。ついでにちょっとした悪戯心も戻ってその小指をツンとつついてみるとダンテが変な声を出す。
「あなたの弱点が足の小指とは知らなかったわ」
「馬鹿言え、ここは全人類共通の弱点なんだぞ。お前も経験すりゃわかる」
「そんなドジ踏まない」
まったく他人事のようなトリッシュの言葉を聞き届け、ダンテはなぜか不敵に笑った。
「言ったな?じゃあお前がこれをやった日はお祝いだな」
今から記念日の名前考えとけよと、いつか絶対その日が来ると確信しているらしい彼は既に勝った気になっていた。
その【記念日】が訪れたのはそれから何年も後のことだ。
が、「これだわ…!」となぜか嬉しそうですらあるトリッシュの様子にダンテはなんだか負けた気がした。
(2020.04.13)