スノーエンジェル
新聞を取りに外へ向かったトリッシュが驚きの声を上げるのを耳にして、ダンテは口元へ持っていたコーヒーカップごとそちらへ顔を向けた。
「ダンテ、真っ白だわ」
扉を開けた時の姿勢のまま彼女の視線は地面へ注がれている。
「へえ。思ったより積もったな」
隣に移動してきたダンテも眩しそうに一面の銀世界を眺めた。この雪ではおそらく今朝の新聞は配達されないだろう。
トリッシュが見る初めての雪は数週間前にあったが、あの時はせいぜいちらつく程度「降っている雪」であり、見慣れたスラムがいつもと違う純白の世界へ変わったのを見るのは今日がまた初めてだ。美しく均一な真綿に覆われたそこへ足を踏み入れるのを躊躇う気持ちも分からなくはない。
「よし。こういう時に何をすべきか、教えてやるよ」
そう言ってダンテは軽快に玄関の階段を降りると、恭しく呼吸と姿勢を整えてから、雪の絨毯へ背中から大の字に倒れこんだ。そしてバタバタと手足を数度振った後で起き上がり、新雪にくっきりと作られた【人型のような何か】を振り返って満足そうに頷いた。
「我ながらなかなかいい出来だ」
「…なにそれ」
まったくもって意味が分からずトリッシュが呆気にとられてダンテの顏を見ている。
「わかるだろ?天使さ。こうやって天使を作って遊ぶんだ。お前もやってみな」
「いやよ、冷たいもの」
「おいおいトリッシュ、これは誰もがガキの頃にやる通過儀礼だぜ?この世界で生きるにはやらなきゃいけない」
明らかに大袈裟に言っているダンテのいつものノリだが、ほら、と差し出された彼の手を断ることなどできようもなく、トリッシュは観念したように天を仰いでからその手を取った。そして先ほどダンテがやった通りに、見たこともない【天使】らしい形を作る。
「ほら見ろ、俺のより美人な天使だ。心が綺麗だからだな」
「もう。上手いんだから」
振り返って見れば、どう見ても子供の仕業ではない大柄な天使と華奢な天使が並んでいた。こんなスラムの端っこにおよそ似つかわしくないオブジェが朝陽を受けてきらきらと輝いている。
「デビルハンターの家の前に、天使?」
「悪くない趣向だろ」
さも楽しそうにダンテは笑った。
しかも作ったのは半人半魔の男と悪魔の女。そんな洒落など他に誰ができるだろう。
「…そうね、悪くない」
きっと誰の目にも触れないまま数時間後には全て溶けて消えてしまうだろうが、それはそれでいい。二人しか知らない天使の存在を、トリッシュは嬉しく思った。
笑いあう白い息に寒さを思い出し、互いの背についた雪を払う。家の中では温かい朝食が待っている。二人で迎える初めての冬は始まったばかりだ。
(2019.11.29)